衛門さんに今からすぐご足労を願いますとのことなり。幸衛門は多分塩の方の客筋ならんと早速《さっそく》まかり出《い》でぬ。
次の日奥の一室《ひとま》にて幸衛門腕こまぬき、茫然《ぼうぜん》と考えているところへお絹在所より帰り、ただいまと店に入《はい》ればお常はまじめな顔で
『叔父さんが奥で待っていなさるよ、何か話があるって。』
お絹にも話あり、いそいそと中庭から上がれば叔父の顔色ただならず、お絹もあらたまって
『叔父さんただいま、自宅《うち》からもよろしくと申しました。』
『用事は何であったね、縁談じゃアなかったか。』
『そうでございました、難波《なんば》へ嫁にゆけというのであります。』
『お前はどうして』と問われてお絹ためらいしが
『叔父さんとよく相談してと生《なま》返事をして置きました。』
『そうか』と叔父は嘆息《ためいき》なり。
『叔父さんのご用というのは何。』
『用というのではないがお前驚いてはいけんよ、吉さんはあっちで病死したよ。』
『マあ!』とお絹は蒼《あお》くなりて涙も出《い》でず。
『実はわたしも驚いてしまったのだ、昨夜《ゆうべ》何屋の若者が来て、これこれの客人がすぐ来てく
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