「モシできる事なら、大理石の塊《かたまり》のまん中に、半人半獣の二人がかみ合っているところを彫ってみたい、塊の外面《そと》にそのからみ合った手を現わして。という次第は、彼ら争闘を続けている限りは、その自由をうる時がない、すなわち幽閉である。封じかつ縛せられているのである。人類相争う限り、彼らはまだ、その真の自由を得ていないという意味を示してみたいものである。」
「お示しなさいな。御勝手に」「男《だん》」は冷ややかに答えた事がある。
 そこで「加と男」の癖が今夜も始まったけれど、中倉翁、もはや、しいて相手になりたくもないふうであった。
「大理石の塊《かたまり》で彫ってもらいたいものがある、なんだと思われます、わが党の老美術家」、加藤はまず当たりました。
「大砲だろう」と、中倉先生もなかなかこれで負けないのである。
「大違いです。」
「それならなんだ、わかったわかった」
「なんだ」と今度は「男《だん》」が問うている。
 二人の問答を聞いているのもおもしろいが、見ているのも妙だ、一人は三十前後の痩《や》せがたの、背の高い、きたならしい男、けれどもどこかに野人ならざる風貌《ふうぼう》を備えている、しかしなんという乱暴な衣装《みなり》だろう、古ぼけた洋服、ねずみ色のカラー、くしを入れない乱髪《らんぱつ》! 一人は四十幾歳、てっぺんがはげている。比ぶればいくらか服装《なり》はまさっているが、似たり寄ったり、なぜ二人とも洋服を着ているか、むしろ安物でもよいから小ザッぱり[#「ザッぱり」に傍点]した和服のほうがよさそうに思われるけれども、あいにくと二人とも一度は洋行なるものをして、二人とも横文字が読めて、一方はボルテーヤとか、ルーソーとか、一方はラファエルとかなんとか、もし新聞記者ならマコーレーをお題目としたことのある連中であるから、無理もない。かく申す自分がカーライル! すみのほうににやりにやり笑いながら、グビついているゾラもあり。
 綿貫《わたぬき》博士《はかせ》がそばで皮肉を言わないだけがまだしも、先生がいると問答がことさらにこみ入る。
「わかったとも、大わかりだ、」と楠公《なんこう》の社《やしろ》に建てられて、ポーツマウス一件のために神戸《こうべ》市中をひきずられたという何侯爵《なんのこうしゃく》の銅像を作った名誉の彫刻家が、子供のようにわめいた。
「イヤとてもわかるも
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