県の移民団体が居る処で、道庁の官吏が二人出張して居る、其処へ行くのですがね、兎も角も空知太まで行つて聞いて見る積りで居るのです。」
「さうですか、それでは空知太にお出になつたら三浦屋といふ旅人宿《やどや》へ上つて御覧なさい、其処の主人《あるじ》がさういふことに明《あかる》う御座いますから聞て御覧なつたら可《よ》うがす、どうも未だ道路が開けないので一寸《ちよつと》其処までの処でも大変大廻りを為《し》なければならんやうなことが有つて慣れないものには困ることが多うがすテ。」
それより彼は開墾の困難なことや、土地に由つて困難の非常に相違することや、交通不便の為めに折角の収穫も容易に市場に持出すことが出来ぬことや、小作人を使ふ方法などに就いて色々と話し出した、其等の事は余も札幌の諸友から聞いては居たが、彼の語るがまゝに受けて唯だ其好意を謝するのみであつた。
間もなく汽車は蕭条《せうでう》たる一駅に着いて運転を止めたので余も下りると此列車より出た客は総体で二十人位に過ぎざるを見た、汽車は此処より引返すのである。
たゞ見る此一小駅は森林に囲まれて居る一の孤島である。停車場に附属する処の二三の家屋の外《ほか》人間に縁ある者は何も無い。長く響いた気笛が森林に反響して脈々として遠く消え去《う》せた時、寂然《せきぜん》として言ふ可からざる静《しづけ》さに此孤島は還つた。
三輛の乗合馬車が待つて居る。人々は黙々としてこれに乗り移つた。余も先の同車の男と共に其一に乗つた。
北海道馬の驢馬《ろば》に等しきが二頭、逞ましき若者が一人、六人の客を乗せて何処《いづく》へともなく走り初めた、余は「何処へともなく」といふの心持が為《し》たのである。実に我が行先は何処《いづく》で、自から問ふて自から答へることが出来なかつたのである。
三輛の馬車は相隔つる一町ばかり、余の馬車は殿《しんがり》に居たので前に進む馬車の一高一低、凸凹《でこぼこ》多き道を走つて行く様が能《よ》く見える。霧は林を掠《かす》めて飛び、道を横《よこぎ》つて又た林に入り、真紅《しんく》に染つた木の葉は枝を離れて二片三片馬車を追ふて舞ふ。御者《ぎよしや》は一鞭《いちべん》強く加へて
「最早《もう》降《おり》るぞ!」と叫けんだ。
「三浦屋の前で止めてお呉れ!」と先の男は叫けんで余を顧みた。余は目礼して其好意を謝した。車中|何人《なんびと》も一語を発しないで、皆な屈托な顔をして物思《ものおもひ》に沈んで居る。御者は今一度強く鞭を加へて喇叭《らつぱ》を吹き立《たて》たので躯《からだ》は小なれども強力《がうりよく》なる北海の健児は大駈《おほかけ》に駈けだした。
林がやゝ開けて殖民の小屋が一軒二軒と現れて来たかと思ふと、突然平野に出た。幅広き道路の両側に商家らしきが飛び/\に並んで居る様は新開地の市街たるを欺《あざむ》かない。馬車は喇叭の音勇ましく此間を駈けた。
二
三浦屋に着くや早速主人を呼んで、空知川の沿岸にゆくべき方法を問ひ、詳しく目的を話して見た。処が主人は寧《むし》ろ引返へして歌志内《うたしない》に廻はり、歌志内より山越えした方が便利だらうといふ。
「次の汽車なら日の暮までには歌志内に着きますから今夜は歌志内で一泊なされて、明日能くお聞合せになつて其上でお出かけになつたが可《よ》うがす。歌志内なら此処とは違つて道庁の方《かた》も居ますから、其井田さんとかいふ方の今居る処も多分解るでせう。」
斯《か》ういはれて見ると成程さうである。されども余は空知川の岸に沿ふて進まば、余が会はんとする道庁の官吏井田某の居所を知るに最も便ならんと信じて、空知太まで来たのである。然《しか》るに空知太より空知川の岸をつたふことは案内者なくては出来ぬとのこと、而も其道らしき道の開け居るには在らずとの事を、三浦屋の主人より初めて聞いたのである。其処で余は主人の注意に従ひ、歌志内に廻はることに定《き》めて、次の汽車まで二時間以上を、三浦屋の二階で独りポツ然《ねん》と待つこととなつた。
見渡せば前は平野《ひらの》である。伐《き》り残された大木が彼処此処《かしここゝ》に衝立《つゝた》つて居る。風当《かぜあた》りの強きゆゑか、何れも丸裸体《まるはだか》になつて、黄色に染つた葉の僅少《わづか》ばかりが枝にしがみ着いて居るばかり、それすら見て居る内にバラ/\と散つて居る。風の加はると共に雨が降つて来た。遠方《をちかた》は雨雲に閉されて能くも見え分かず、最近《まぢか》に立つて居る柏《かしは》の高さ三丈ばかりなるが、其太い葉を雨に打たれ風に揺られて、けうとき音《ね》を立てゝ居る。道を通る者は一人もない。
かゝる時、かゝる場所に、一人の知人なく、一人の話相手なく、旅人宿《はたごや》の窓に倚つて降りしきる秋の
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