の天地に投じようと思いましたね」と言った時、岡本は凝然《じっ》と上村の顔を見た。
「そしてやたらに北海道の話を聞いて歩いたもんだ。伝道師の中《うち》に北海道へ往《い》って来たという者があると直ぐ話を聴きに出掛けましたよ。ところが又先方は甘《うま》いことを話して聞かすんです。やれ自然《ネーチュール》がどうだの、石狩川《いしかりがわ》は洋々とした流れだの、見渡すかぎり森又た森だの、堪ったもんじゃアない! 僕は全然《すっかり》まいッちまいました。そこで僕は色々と聞きあつめたことを総合して如此《こんな》ふうな想像を描いていたもんだ。……先ず僕が自己の額に汗して森を開き林を倒し、そしてこれに小豆《あずき》を撒《ま》く、……」
「その百姓が見たかったねエハッハッハッハッハッハッ」と竹内は笑いだした。
「イヤ実地|行《や》ったのサ、まア待ち給え、追い追い其処《そこ》へ行くから……、その内にだんだんと田園が出来て来る、重《おも》に馬鈴薯《じゃがいも》を作る、馬鈴薯さえ有りゃア喰うに困らん……」
「ソラ馬鈴薯が出た!」と松木は又た口を入れた。
「其処で田園の中央《まんなか》に家がある、構造は極《きわ》めて粗末だが一見米国風に出来ている、新英洲《ニューイングランド》殖民地時代そのままという風に出来ている、屋根がこう急勾配《きゅうこうばい》になって物々しい煙突が横の方に一ツ。窓を幾個《いくつ》附けたものかと僕は非常に気を揉《も》んだことがあったッけ……」
「そして真個《ほんと》にその家が出来たのかね」と井山は又しょぼしょぼ眼《まなこ》を見張った。
「イヤこれは京都に居た時の想像だよ、窓で気を揉んだのは……そうだそうだ若王寺《にゃくおうじ》へ散歩に往って帰る時だった!」
「それからどうしました?」と岡本は真面目で促がした。
「それから北の方へ防風林を一|区劃《くかく》、なるべくは林を多く取って置くことにしました。それから水の澄み渡った小川がこの防風林の右の方からうねり出て屋敷の前を流れる。無論この川で家鴨《あひる》や鵞鳥《がちょう》がその紫の羽や真白な背を浮べてるんですよ。この川に三寸厚サの一枚板で橋が懸《か》かっている。これに欄干を附けたものか附けないものかと色々工夫したが矢張り附けないほうが自然だというんで附けないことに定《さだ》めました……まア構造はこんなものですが、僕の想像はこれで
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