を撫《なで》てみた。
「イヤ僕こそ甚《はなは》だお恥しい話だがこれで矢張り作《やっ》たものだ、そして何かの雑誌に二ツ三ツ載せたことがあるんだ! ハッハッハッハッハッ」
「ハッハッハッハッハッ」と一同が噴飯《ふきだ》して了った。
「そうすると諸君は皆詩人の古手なんだね、ハッハッハッハッハッ奇談々々!」と綿貫が叫んだ。
「そうか、諸君も作《やっ》たのか、驚ろいた、その昔は皆《みん》な馬鈴薯党なんだね」と上村は大《おおい》に面目を施こしたという顔色《かおつき》。
「お話の先を願いたいものです」と岡本は上村を促がした。
「そうだ、先をやり給え!」と近藤は殆《ほとん》ど命令するように言った。
「宜《よろ》しい! それから僕は卒業するや一年ばかり東京でマゴマゴしていたが、断然と北海道へ行ったその時の心持といったら無いね、何だかこう馬鹿野郎! というような心持がしてねエ、上野の停車場《ステーション》で汽車へ乗って、ピューッと汽笛が鳴って汽車が動きだすと僕は窓から頭を出して東京の方へ向いて唾《つばき》を吐きかけたもんだ。そして何とも言えない嬉《うれ》しさがこみ上げて来て人知れずハンケチで涙を拭《ふ》いたよ真実《ほんと》に!」
「一寸《ちょっ》と君、一寸と『馬鹿野郎!』というような心持というのが僕には了解が出来ないが……そのどういうんだね?」と権利義務の綿貫が真面目で訊ねた。
「唯《た》だ東京の奴等《やつら》を言ったのサ、名利《みょうり》に汲々《きゅうきゅう》としているその醜態《ざま》は何だ! 馬鹿野郎! 乃公《おれ》を見ろ! という心持サ」と上村もまた真面目で註解《ちゅうかい》を加えた。
「それから道行《みちゆき》は抜にして、ともかく無事に北海道は札幌へ着いた、馬鈴薯の本場へ着いた。そして苦もなく十万坪の土地が手に入った。サアこれからだ、所謂《いわゆ》る額に汗するのはこれからだというんで直《ただち》に着手したねエ。尤《もっと》も僕と最初から理想を一にしている友人、今は矢張《やっぱり》僕と同じ会社へ出ているがね、それと二人で開墾事業に取掛ったのだ、そら、竹内君知っておるだろう梶原《かじわら》信太郎のことサ……」
「ウン梶原君が!? あれが矢張《やっぱり》馬鈴薯だったのか、今じゃア豚のように肥《ふと》ってるじゃアないか」と竹内も驚いたようである。
「そうサ、今じゃア鬼のような顔《つら》
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