女なりし。主公は予をまた車夫に命じて抱き止めさせし人なりし。小女は浅草清島町という所の細民《さいみん》の娘なり。形は小さなれど年は十五にて怜悧《れいり》なり。かの事ありしのち、この家へ小間使《こまづかい》というものに来りしとなり。貧苦心配の間に成長したれど悪びれたる所なく、内気なれど情心あり。主公は朋友の懇親会に幹事となりてかの夜、木母寺の植半にて夜を更して帰途なりしとなり。その事を言い出て大いに笑われたり。予は面目なく覚えたり。小女を見知りし事は主公も知らねば、人口を憚《はば》かりてともに知らぬ顔にて居たり。
予はこれまでにて筆を措《お》くべし。これよりして悦び悲しみ大憂愁大歓喜の事は老後を待ちて記すべし。これよりは予一人の関係にあらず。お梅(かの女の名にして今は予が敬愛の妻なり)の苦心、折々|撓《たわ》まんとする予が心を勤め励《はげ》まして今日あるにいたらせたる功績をも叙せざるべからず。愛情のこまやかなるを記さんとしては、思わず人の嘲笑を招くこともあるべければ、それらの情冷かになりそれらの譏《そしり》遠くなりての後にまた筆を執《と》ることを楽むべし。
底本:「新潟県文学全集
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