々日本人は、不斷の用意だけはして置かねばならぬ。
 吾が輩は大正の年號について、一個の解釋を有して居る。今囘もこの大正の年號の解釋を其儘、我が國民將來の方針に應用したいと思ふ。大正の字面は『易』の大畜の卦から出て居る。大畜の卦に、
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大畜剛健篤實、……日新[#二]其徳[#一]、……能止健、大正也。
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とある。大畜の卦は元來乾下艮上大畜とも、山天大畜ともいひ、天を代表する乾と、山を代表する艮との二單卦を重ねたものである。乾の卦は陽爻(※[#易の陽爻、横長の矩形一つ、562−17])のみより成立して居る故に、至健至剛である。乾は又健と通ず。乾の象は天である。天は四時の別なく絶えず運行して居る。故に天行健といふ。乾は要するに一日も油斷なく進取する義がある。日新[#二]其徳[#一]といふのはこの事である。[#図1、大畜]艮の卦は弱柔な陰爻(※[#「易の陰爻、陽爻を半分にしたものを二つ横に並べた形」、563−2])の上を、剛健なる陽爻が抑へ付けて居る。從つて内に抑へて外に出ささぬから、艮に止《とどむる》の訓がある。艮の象は山である。山は萬物を貯藏する處である。艮は要するに物を保存する義をもつて居る。乾と艮とを合せた大畜の卦には、他の善き所を採り、我が善き所を守りて、實力を蓄積すべき意味が含まれて居る。是故に大正とは、一面力めて世界の新知識新文化を求めて、これ日も足らざるが如く努力しつつ、一面では我が國古來の善美なる國體・國粹を保存し、此の如くして大に國力の充實鞏固を圖る意味である。
 我が國粹を保存しつつ、外國の文化を採用することは、わが國過去千幾百年の長い歴史を通じて、絶えず實行されて居つて、決して新しい主義でない。そこで和魂漢才といふ言葉がある。菅公の頃から始まつた言葉であるが、この主義は菅公以前から夙に實行され、明治の御世となつては、同じ和魂洋才主義が實行された。
 國家も生物と同じく、適者が生存するのである。我が國が建國以來連綿として今日に至るまで、常に適者の位置に立つことが出來たのは、和魂漢才若くは和魂洋才主義の御蔭である。大正の新時代も、やはりこの主義を遵奉するのが安全である。我が國の過去の歴史を觀れば、將來採るべき方針も、自然に理會されるのである。歴史を鑑といふのは是處のことで、温故知新は此の如くして活用すべきである
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