の時代にも、矢張りこの主義を遵奉するのが安全である。我が國の過去の歴史を觀れば、將來執るべき方針も自然に理會されるはずである。歴史を鑑《かがみ》といふのは是處のことで温故知新は、此の如くして活用せなければならぬ。今囘朝日新聞社の主催された開國文化大展覽會は誠に結構な催であるが、この大展覽會を觀る諸君は、單に一時の異國情調を味ふといふのみでなく、更に進んで我が先覺者が外國の文化を攝取するに示した熱心と、その外國の文化を我が國體に同化せしむべく拂つた苦心とを、併せて考慮したならば、この催が一層價値を増すことと思ふ。(昭和四年三月二十二日講演)
[#地から3字上げ](昭和四年十一月『開國文化』所載)
底本:「桑原隲藏全集 第一卷 東洋史説苑」岩波書店
1968(昭和43)年2月13日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:はまなかひとし
校正:菅野朋子
2002年3月4日公開
2004年3月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全5ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
桑原 隲蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング