の色
翠はやゝに淡くして

八雲うするゝ南に
漂ふ塵のをさまりて
雪の冠を戴ける
富士の高根はあらはれぬ

返らぬ浪に影見えて
櫻は川に匂ふらむ
霞みそめたる天地に
遍きものは光かな

涙こほりし胸の上に
閉じたる花も咲かんとして
亡びんとせしわが靈《たま》の
今こそ蘇《い》きて新しき

人は旅より歸るとき
花なる妻を門に見む
わが見るものは風荒ぶ
土橋の爪の枯柳

人は旅路に出るとき
美し人を※[#「木+巨」、184−上−13]※[#「木+若」、第3水準1−85−81]《ませ》に見む
わが行く路に在るものは
やみを封《こ》めたる穴にして

筑波の山に居る雲の
葉山繁山おほへるも
春は蝶飛ぶ花園に
立つべき足の痿へたるを

やゝともすれば雲の奧に
かくれんとするいとし兒を
悲む母のふところに
退《の》かせじとする枷《かせ》にして

千代もとわれは祈れども
母は子故に死なんといふ
世に一人なる母をおきて
わが有《も》つものは
  有らじと思ふに



底本:「明治文學全集 59 河井醉茗・横瀬夜雨・伊良子清白・三木露風集」筑摩書房
   1969(昭和44)年9月30日第1刷発行
底本の親本:「花守」隆文館
   1905(明治38)年11月1日発行
入力:林 幸雄
校正:小林繁雄
2001年12月24日公開
2006年5月23日修正
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