ていた。こんなことになったのも、結局、為吉がはじめ息子を学校へやりたいような口吻をもらしたせいであるように、おしかは云い立てゝ夫をなじった。
「まあそんなに云うない。今にあれが銭を儲けるようになったら、借金を返えしてくれるし、うら等も楽が出来るわい。」為吉はそう云って縄を綯《な》いつゞけた。
「そんなことがあてになるもんか!」
「健やんが云よったが、今日び景気がえいせに高等商業を出たらえらい銭《ぜに》がとれるんじゃとい。」
彼等は、ランプの芯を下げて、灯を小さくやっとあたりが見分けられる位いにして仕事をした。それでも一升買ってきた石油はすぐなくなった。夜なべ最中に、よくランプがジジジジと音たて、やがて消えて行った。
「えゝいくそ! 消えやがった。」おしかはランプにまで腹立てゝいるようにそう云った。
「もう石油はないんか!」
「あるもんら! 貧乏したら石油まで早よ無うなる。」おしかはごつ/\云った。
「そんなか、カワラケを持って来い。」
「ヘイ、ヘイ。」おしかは神棚から土器《かわらけ》をおろして、種油を注ぎ燈心に火をともした。
両人はその灯を頼りに、またしばらく夜なべをつゞけた。
と、台所の方で何かごと/\いわす音がした。
「こりゃ、くそッ!」おしかはうしろへ振り向いた。暗闇の中に、黄色の玉が二つ光っていた。猫が見つけられて当惑そうにないた。それは、鼻先きで飯櫃《めしびつ》の蓋を突き落しかけていた家無し猫だった。寒さに、おしかが大儀がって追いに行かずにいると猫は再び蓋をごとごと動かした。
「くそっ! 飯を喰いに来やがった!」おしかは云って追っかけた。猫は人が来るのを見ると、急に土間にとびおりて床の下に這いこんだ。そして、何か求めるようにないた。
おしかは、お櫃の蓋に重しの石を置いて、つゞくった薄い坐蒲団の上に戻った。やがて、猫は床の下から這い出て、台所をうろ/\ほっつきまわった。食い物がないのを知ると、竈《かまど》の傍へ行って、ペチャ/\やりだした。
「くそッ!」おしかはまた立って行った。「おどれが味噌汁が鍋に茶碗一杯ほど残っとったんをなめよりくさる!」
「味噌汁一杯位いやれい。」
「癖になる! この頃は屋根がめげたって、壁が落ちたって放《ほ》うたらかしじゃせに、壁の穴から猫が這い入って来るんじゃ。」
こんなことを云うにつけても、おしかは、清三に学資がいるが
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