ごぜん」に傍点]なんておかしい。ごはん[#「ごはん」に傍点]と云いなされ!」清三はその言葉をきゝつけて、妻のいないところで云いきかした。
「そうけえ。」
しかし、おしかはどうしてもごはん[#「ごはん」に傍点]という言葉が出ず、すぐ田舎で使い馴れた言葉が口に上ってきた。
「おばあさん、もうそんな着物よして、これおめしなさいましな。……おじいさんもふだん着にこれを。」園子はやがて新しく仕立てた木綿入りの結城縞を、老人の前に拡げた。
「まあ、それは、それは。――もうそなにせいでもえいのに。じいさん、えい着物をこしらえてくれたんじゃどよ。」
「ほんとに、これをふだんにお召しなさいましな。」園子は、老人達の田舎縞を知人に見られるのを恥かしがっているのだった。
「どら、どんなんぞい。」園子が去ったあとでじいさんは新しい着物を手に取って見た。「これゃ常着《つねぎ》にゃよすぎるわい。」
「袷じゃせに、これゃ寒いじゃろう。」ばあさんは、布地を二本の指さきでしごいてみた。
着物は風呂敷に包んだまゝ二三日老人の部屋に出して置かれたが、やがて、ばあさんは行李にしまいこんだ。そして笑われるだろうと云いながら、やはり田舎縞の綿入れを着ていた。
「この方が温《ぬ》くうてえい!」
五
じいさんは所在なさに退屈がって、家の前にある三坪ほどの空地をいじった。
「あの鍬をやってしまわずに、一挺持って来たらよかったんじゃがな。」
「自分が勝手にやっといて、またあとでそんなこと云いよら。」ばあさんは皮肉に云ったが昔のように毒々しい語調はなかった。
「あの時は、こっちに鍬がいろうとは思わなんだせにやったんじゃ。」
いつのまにか彼は近くで小さい鍬を買ってきて、初めて芽を吹きかけた雑草を抜いて土を掘り返した。
「こっちの鍬はこんまいせにどうも深う掘れん。」彼は傍に立って見ているばあさんと、田舎の大きな深く土に喰い込む鍬をなつかしがった。そして、二度も三度も丹念に土を掘り返した。
「こんな土を遊ばしとくんは勿体ない。何《なん》ど菜物でも植えようか。」とじいさんは、ばあさんに相談した。
「これでも、うら等が食うだけの菜物くらいは取れようことイ。」とばあさんは云った。
やがて、彼は種物を求めて来ると、
「こっちの人は自分のしたチョウズ[#「チョウズ」に傍点]まで銭《ぜに》を出して他人《ひと》に
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