気おくれしながら歩いていると、どこからやって来たのか、若々しく着飾った、まだ娘のように見えないでもない女が、清三の手を握らんばかりに何か話しかけていた。清三は、寸時、じいさん達を連れているのを忘れたかのように女に心を奪われていた。じいさんとばあさんとは清三の背後に佇んで話が終るのを待っていた。若い女は、話し乍《なが》ら、さげすむようなまた探索するような、眼《ま》なざしで二三度じいさん達を見た。と、清三が老人達の方へ振り向いた。女は、さっと顔一面に嫌悪の情をみなぎらせたが、急に、それを自覚して、かくすように、
「いらっしゃいまし。」と頭を下げた。それが園子だった。
両人は、嫁が自分達の住んでいた世界の人間とは全然異った世界の人であるのを感じた。郵便局の事務員が、村の旦那の娘で、田舎の風物を軽蔑して都会好みをする女だった。同じ村で時々顔を見合わしていても近づき難い女だった――両人は思い出すともなく、直ちに、その娘を聯想した。
彼等は嫁が傍にいると、自分達同志の間でも自由に口がきけなかった。変な田舎言葉を笑われそうな気がした。
女事務員が為吉にだけは親切だったように、園子は両人に対して殊更叮寧だった。しかし両人は気が張って親しみ難かった叮寧さが、嫁の本当の心から出ているものとは受け取れなかった。
「おばあさんに着物を買ってあげなくゃ。」
「着物なんかいらないだろう。」
「だってあの縞柄じゃ……」
園子は、ばあさんの着物のことを心配していた。彼女の眼のさきで働いているばあさんの垢にしみたような田舎縞が気になるらしかった。ばあさんは、自分のことを云われると、独りでに耳が鋭くなった。丁度、彼女は二階の縁側の拭き掃除が終って、汚れ水の入ったバケツを提げて立ったまゝ屋根ごしに近所の大きな屋敷で樹を植え換えているのを見入っているところだった。園子は、ばあさんがもう下へおりてしまったつもりで、清三に相談したものらしかった。
「うら[#「うら」に傍点]等があんまりおかしげな風をしとるせにあれ[#「あれ」に傍点]が笑いよるんじゃ。」ばあさんは気がまわった。
「そんなにじゝむさい手織縞を着とるせにじゃ。」じいさんは階下の自分等にあてがわれた四畳半で手持無沙汰に座っていた。
「ほいたって、ほかにましな着物いうて有りゃせんがの、……うら[#「うら」に傍点]のを笑いよるんじゃせに、お前のを
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