は与えられた。
竹三郎は、如何にも、うまそうに、むさぼり吸った。たてつゞけに、一と匣分の麻酔薬を吸ってしまった。
「苦しゅうて、苦しゅうて、やりきれんからとうとうこんな芸当をやっちまった。洗面器で足の小指をぶち切った。――そうでもしなきゃ、留置場から出られねえんだ。俺れがどんなにのた打ちまわっとったって、領事館の奴はへへら笑っていやがるんだ。」
母と、詰襟の支那人がやってきた。薬がまわった竹三郎は、足の疼痛を忘れた。自分を取りかこんだ者達にはしゃぎ、唇には、足らん男のような微笑さえ浮んだ。
「全くヘロインの虜《とりこ》になっちまったんだ!」と幹太郎は思った。「自分の指を切り落してもヘロインが吸いたいんだ! 指とヘロインの交換! 支那へさえ来ていなければ、そんなことになりゃしなかったんだ! あの村から追い出されさえしなければ、こんなことになりはしなかったんだ!」
彼は恐ろしい気がした。
「もうないか。……もっとねえか、吸わせろい! 吸わせろい!」
親爺は、また、子供のようにせびりだした。
支那には、この竹三郎のように、外国人の手によって持ちこまれる阿片や、モルヒネや、ヘロインの捕虜となっている人間がどれだけあるかしれないのだ! 阿片のために、どれだけの人間が※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]者《いんじゃ》となり滅されつゝあるか知れないのだ。……
二六
額の禿げ上った、見すぼらしい跛が、炎熱と塵埃にむれている石畳の小路へ這入った。
ヒョク/\して、外見は、えげつない歩き方をしていた。が、身軽るくさッさと歩いた。
暫らくすると、それが、這入った石畳の小路から引っかえしてきた。以前より、もっと身軽るく、片チンバの脚で飛ぶようだった。やがて、洋車を呼ぶと、一足とびにとび乗った。
「早くやれッ!」
洋車は、塵埃と炎熱の巷へ吸いこまれて行った。
小路の奥の、石塀の中の一ツの家では、すゞが、安物の手ミシンにむかって、ドレスを縫ったり、ほぐしたり、また縫ったりやっていた。真直に、平行に行かない縫目が彼女に気に入らないのだ。
天むきの鼻の一郎は、顔じゅうが眼ばかりのように見える。眼が大きく光っていた。去《い》んだトシ子そっくりだ。彼は、俊のそばに這いよった。俊がよんでいるビラを小さい手で荒ッぽく引ったくろうとした。
ビラは、蒋介石の出したビラだ。学校の、漢文読本の漢本とも、またいくらかちがう。俊はなかなかそれが読めなかった。
「ま、待ってなさいよ。」
手で掴み取りに来る一郎を彼女は追いやった。玩具の犬をやる。
――国民政府は、この地方に限り、租税を全額免除する。……
一郎は、犬をほうった。そして、また手を拡げて掴みかかってくる。ビラは皺くちゃになる。俊はそれをのばして、またよんだ。
――張作霖、張宗昌、強盗、強姦、売国的………
ふと、一郎は、両手で彼女の手からビラを叩き落してしまった。紙はずた/\になった。まだ、よみさしである。
俊は、それが惜しいとは思わなかった。彼女は、何か考えていた。すゞは、一心に、ミシンに注意を集中している。針が急速に、規則的に上下する。縫目がジャリ/\と送られて行く。
「ちょっと、あの人、今日、何だか変におかしかったわよ。」
「なアに?」
すゞは空虚な返事だった。
「なにか、たくらみがありそうだったわよ、あの怒ったような眼で、じろ/\家ン中や、私達を見て行っただけじゃないわ。眼と、口もとの笑い方に、恐ろしい何かがあったわよ。」
「そうかしら。」
猫のような俊は、先日からの中津の行動をいろ/\に思い起していた。恐ろしい何かの兆候が、二三日も四五日も前からあった。
「ちょっと! ちょっと!……」
俊[#「俊」は底本では「俟」]はまた姉を呼んだ。……
支那宿の東興桟《トウコウサン》の一室には、張宗昌の退却後、変装をして市街にとゞまっている中津の仲間が集っていた。四五人だ。荒っぽい、無茶な仕事が飯より好きな連中だった。せいの低いずんぐりした唐《タン》は素手で敵の歩哨に掴みかゝって、のど笛を喰い切り、銃と剣を奪ってくるような男だった。金持の娘や、細君を、人質にかっぱらった経験は、みんなが三回や、五回は持っていた。
床篦子《チアンペイズ》、卓子《チオズ》、机子《ウーズ》、花模様の茶壺、旅行鞄、銀貨の山。
中津は、何回となく空想で練り直した掠奪の計画を、実行する段になって、なお、心は迷っていた。いっそ、根本からよしてやろうか。孫娘を可愛がるように、可愛がるのはいゝことだ。その方がいゝかもしれん。こんなに迷うことは、嘗てなかった。が仲間には、それは、おくびにも出さなかった。ともかく実行方法を話した。仲間を三台の自動車に分けて乗らす、日本軍の守備区域を走る時に
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