の、誇るに足る、業績の一つとなるに違いない!
 俺の一生は、まだこれからだ。まだ/\これから、本当の仕事をやるんだ。人間は、三十代になっても、四十代になっても、なお、未来に期待をかけているものである。が、山崎は、この時、生涯に於て、今、本当の実の入った仕事をやっているのだ。未来ではない、現在だ! と感じた。
 陳長財は、射撃されたいきさつを説明した。それから、
「こんな暴虎馮河《ぼうこひょうが》の曲芸は、やめとく方が利口じゃないでがすか。」と、止めた。「今度ア、なかなか奴らの威勢がいいんですよ。」
「いや、俺れゃ、行くんだ。」と、山崎はきっぱり云った。「洋車を呼べ。奴らの威勢がよけりゃよい程こっちは、行ってたしかめてこなけゃならんじゃないか。」
「ズドンと一発やられたあとで、来なけゃよかったと、後悔したって、もう追っつかねえでがすよ。」
「分ってる!」
「わっしゃ、命がけでやる仕事であるからにゃ、ウンとこさ金がほしいなア。目くされ金じゃ、のっけから真平だ。」
「金は、いくらでも出すと云ってるじゃないか。うまく行きさえすりゃ。」
 山崎は、さっきから学生服に着かえていた。陳も学生服を着た。

 礫《こいし》の多い、凸凹のところどころ崖崩れのある変な道で、洋車は歩くよりも遅くしか進まなくなった。二人は車をおりた。平生は、淋しい、大学に近い郊外の闇の中に、何か動く人の気配が感じられた。
「大丈夫かね。」陳は囁いた。
 山崎は、自分でちっとも怖いとは思わなかった。それだのに、脚がひどく力がなく萎《な》えこんだ。脚だけがどうしたのか、つい、五六間も歩いたら、へたばりやしないか、彼は、それを危ぶんだ。
「呀怎※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]着了《ヤソンモチョラ》、※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]《ニ》!(おい、どうしていたい。……)」
 ひょっと、狭い道を向うからすれ交るとたんに、人かげが声をかけた。が、中途で、人違いだと気づいたらしく、言葉を切って、疑い深げにあとを見かえした。
「蠢東西《チュントンシ》! (馬鹿野郎!)」陳長財は、振りかえりもせずに呶鳴った。
 道の附近の、身の丈ほどの灌木の繁っているところにも、なお人が、動いている気がした。夜気がいくらか寒くなったようだ。
 第一校舎の脇を通りぬけた。向うのアカ
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