た。
 塵埃と共に黄燐を含んだ有毒瓦斯は、少年達へと同様に、彼の肺臓へも、どん/\侵入して来た。
 ――君は、一体、支那人かね。それとも日本人かね? 最近、瑞典《スエーデン》マッチの圧迫を受けてぷり/\している不機嫌な支配人は、彼がむしろ支那人に肩を持つ癖があるのを責めて、皮肉な辛辣な眼つきをした。
 幹太郎は、親爺が、とうとうヘロ※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]《いん》者となってしまった。それと、これを思い合わして淋しげな顔をした。日本人はヘロを売ってもかまわない。しかし、支那人の如くヘロを吸ってはいけない。そのヘロを親爺は、支那人の如く吸飲した。支那人の如く※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]者となってしまった。
「俺れらは、日本人仲間からも嫌われているんだ、どうも、追ッつけ、俺れも、この工場からお払箱か……」
 実際、幹太郎は、すれッからしの日本人よりも、支那人に対して親しみが持てた。又、工人達も、彼に対して、ほかの小山や守田に対するよりも、親しく、ざっくばらんであるように見えた。

「お前あといくつだい?」
 軸削機をがちゃ/\ならして、木枠に軸木を並べている房鴻吉《ファンホウチ》に、彼は、なでるように笑ってみせた。房《ファン》の頭は、ホコリで白くなっていた。平べったい鼻の下には、よごれた大きい黄色い歯が、にやりとしていた。
「あといくつだい?」
「三ツ、三ツ」房は、あたふたと答えた。枠台車《わくだいしゃ》に三台のことだ。
「早くやれ。」
「すぐ、すぐ。」
 房は小さい軸木を林のように一面に植えつけた木枠に止め金をあてがった。ピシン/\とつまった音がした。
 幹太郎は、そこから、浸点作業へ通り抜けた。焼くような甘味のある燐の匂いが、硫黄や、松脂ともつれあって、鼻をくん/\さした。
 開け放された裏の出入口からは、機械鋸と軸素地剥機《じくそちはくき》が、歯を削るように、ギリ/\唸っていた。生の軸木を掌《て》にとってしらべていた小山は、唾を吐くように、叺《かます》にポイと投げて汚れた廊下をかえってきた。
「君、于《ユイ》の奴をどう思うね?」
 幹太郎の受持の、常から頭の下げっ振りが悪い変骨の于立嶺《ユイリソン》を指しているのは分っていた。
「どうも思いません。」
「あいつの仕事は、いつもおおばち[#「おおばち」に傍点]だから、浸点
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