、蠅のように群がる群衆や丸腰の兵士に俥上から口ぎたない罵声をあびせつつ通りかかった。三人だった。
騎馬士官と、丸腰の兵士たちが、街上になだれる群衆を制して道をあけた。苦力も、乞食も、独逸人も、日本人も街上に波をなしていた。
「煙草だアい! 煙草だアい!」
デボチンの色の黒い眼がくり/\した一人の土匪は、両手をうしろへ廻されて、項《うなじ》に吊すように、ふん縛られ、足は大きな足枷《あしかせ》で錠をかけられていながら、真中の洋車《ヤンチョ》にふんぞりかえって、俥夫と、保安隊士を等分に呶鳴りつけていた。
どす黒い俥夫は、煙草屋の主人が喜捨した哈達門《ハタメン》(紙巻の名称)を一本ぬいてくわえさした。デボチンは、それを噛んではき出してしまった。
「こんな安煙草がなんだい! 馬鹿! 砲台牌《ポータイパイ》をよこせ!砲台牌だ! 砲台牌だ!」
俥夫は暫らくまごついた。
「砲台牌をよこせい! 砲台牌だい! 砲台牌だアい! 馬鹿!」
一番さきの囚徒は真蒼に頭を垂れ、打ち凋《しお》れていた。三番目の男は、肘の関節を逆に、ねじ折れそうに縛り上げられたまゝ、俥上で、口からこぼれるほど酒をあおって、ぐでんぐでんに酔っぱらっていた。これが軍曹だろう。
囚徒は、刑場へ引いて行かれる途中で目につく店舗のあらゆる品物を欲するがまゝに要求した。舗子《プーズ》の主人は、やったものから代金は取れなかった。役人は、囚徒が食い飲んだものゝ金は払わなかった。しかし、どんな業慾《ごうよく》なおやじ[#「おやじ」に傍点]でも、一時間か二時間の後に地獄の門をくゞる囚徒の要求は拒絶しなかった。
土匪は遉《さす》がに、あの世へ持って行けない金銀の器物はほしがらなかった。ひたすら、酒か、菓子か、果実か、煙草を要求した。露天店の、たった一箇二銭か三銭の山梨を、うまそうに頬張らして貰うしおらしい奴もあった。
見物の群集は、俥が進むに従って数を加えた。馬の糞やゴミでほこりっぽい、広い道にいっぱいになってあとにつづいた。
駅前の広場には、また別の、もっと/\数多い真黒な群集の山が待ちかまえて、うごめいていた。
そこには、刑場らしい、かまえも、竹矢来も、何もなかった。しかし、そこへ近づくと、土匪の表情は、さっと変ってこわばってしまった。唸くような、おがむような、低い、聞きとれない叫びが俥上からひびいた。足の鉄錠が
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