、こんな日に限って負けるんだ。と考えた。無数の負傷者が出るんだ。大きなしくじりをやるんだ! 彼は顔をしかめた。
高取は、一番最後に、巻脚絆を巻き直して、靴を引きずり、整列に加わろうとしていた。彼は高取につめよった。横合いから、頬を殴りとばした。故意に、兵士達、皆んなに見えるところでやった。
「おい、高取、なまけるな!」
「……。」
「お前は、国のために働くのが嫌いなのか? そんな奴は謀叛《むほん》人だぞ。」そして、もう三ツぶん殴った。
「分ったか?」
「……。」
高取の眼は、眼窩からとび出して、前へ突進して来るように燃えていた。何のためにいきなりやられるのか訳が分らなかった。
中尉は、高取の眼が気に喰わなかった。ぷーンとした態度が満足できなかった。
「こらッ! 不真面目にすると、お前のためにならんぞ!」と、彼は呶鳴った。
「どうしたんでありますか。」
「こらッ! 高取やめろ!」彼は軍刀をガチャッと鳴らした。「俺れは、お前の腹の中を見すかして居るんだぞ。お前のやっとることは、何一ツ残らず知っとるんだぞ。お前は、自分で、何をやっとるかその恐ろしさを知らんのだ。」
「何も、やって居りはしねンであります。」
高取は、一寸、まごついた。が、すぐ、光った眼で中尉を見つめた。
「よせ!」重藤は、儼然と云った。「俺れは何もかも知って居るんだぞ!」
「はい、何ですか?」
償勤兵となった彼は、これまでにも、幾度か殴られた。蹴られた。指揮刀が歪むほどひッぱたかれた。彼は、何回となくそれを忍んできた。ほかの者だって、そんなに異いはしなかった。
「こうして、この結果、俺等が現にやらせられているのは、何であるか? 自分で、自分の頸を縛ることだ! それ以外のなんでもない! 兵タイほど、人のいゝ馬鹿な奴はない。」
兵士たちは、高取を殴るのは、高取一人を殴るのではない。自分たち、全体をも殴るのだ! と感じた。おどかしにやっているのだ。彼等は、顔色が変った。
敏感な重藤は、正確な晴雨計のように、すぐ、それに気づいた。兵士たちが、色めいて、変に動揺しだしたのを眼にとめた。もうこれ以上殴りすえては、却って、藪蛇になる。部隊全体に対して。と感じで意識したが、語調の行きがかりが、意識を裏切った。高取は、上をむいて何か云おうとした。中尉はそれを遮った。
「一体、お前らは、何事を考えだしているんだい
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