どや/\となだれこんだ。白い服の看護婦がちら/\していた。ベッドには病人がねていた。肋膜炎、腎臓炎、胃かいよう[#「かいよう」に傍点]、心臓弁膜不全症――内科と外科は別だった。多くの部屋を区切った扉は、次々に、バタン、バタンと突きあけられた。泥靴がベッドにとびあがった。手術台の厚い硝子は、亀裂が入った。
 これが、その当時の記録に、「第×××聯隊が、逐次暗夜を辿りつゝ城門に近づかんとするや、俄かにその北側にあるT病院内より支那兵の猛射を受け、危険極まりなきに到ったが、該建物が病院たるの性質にかんがみ、一時、その措置に窮した。しかし、何分、事態急迫し、躊躇すれば、暴兵の乱射のため、多大の損害を受けざるを得ぬので、N大尉は一部隊を以てこれを駆逐せしめた。当時、急迫の場合の措置として、寔《まこと》に、止むを得なんだのである。云々」と弁じている事件である。

 約三十分の後、兵士たちは、不愉快な記憶を脳髄にこびりつかして、病院を引きあげた。不愉快な記憶は、一日中、とれなかった。翌日も、それは取れなかった。柿本は気がすゝまぬ様子で、渋々と動作をした。そして何か、自分でも分からないような考えにふけった。――「子供の病人が壁に突きささった。そして、胸から血潮を吹いてガクガクっとその下に蹲《うずくま》った。そんなことをしてもいゝもんか! そんなことがあってもいゝもんか!」悔恨のようなものに苦るしめられた。「あの顔色の蒼い女は、口をあけて、何も知らずベッドの中でねむっていた。……毛布に三角の小さい孔があいた。そうしてあの女は、永久に醒《さ》めることなく眠っているだろう。……俺れの手はあの時顫えた。力が、腕から急に抜けてしまった! そうだ、俺れらは、あんなことまでさせられたのだ!」
 彼等は、隊伍を直して城門にむかった。攻城戦は既にたけなわになっていた。タラッ! タ、タ、タ、タ、タ、タッタ! 機関銃が城門の内と外から呼応して、迅く、つゞけさまにひゞき渡る。ちょっと、きれたかと思うと、また、ひゞく。榴弾が城壁で炸裂《さくれつ》していた。
 高取や、玉田や、松下などを見ると、彼等は、むッつりして、虫を喰ったような顔をしていた。訓練所出の、倉矢までが、浮かぬ顔で何か考えこんでいた。――「そうだ、あいつらも、みんな不愉快な記憶に心臓をしめつけられているのだ!」と柿本は思った。
 直接剣を握って
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