い顔をして二重硝子の窓の傍に陣取っていた。その顔は、この工場と同じように、規則正しくかたまって、乾き切っていた。これが支配人である。
「なんだ、あんたが来ると馬鹿に大蒜《にんにく》くさいや。」
 内川はブッキラ棒に笑った。その笑い方までが乾燥していた。
「それゃありがたい。これで大蒜の匂いがすりゃ、支那人と一分も変りがないでしょう。どうです?」
 山崎は、自慢げに、幇間《ほうかん》のような恰好をした。
「自分でそう思っていれば、それが一番いゝや、世話がいらなくって。」
「我和中国人不是一様※[#「口+馬」、第3水準1−15−14]《ウンホツンゴレンブシイヤンマ》。怎※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]不一様《ソンモブイヤン》、那児有不一様的様子《ナアルブイヤンテヤンス》?」
 急に山崎は支那語で呶鳴った。どこが俺ゃ支那人と異うのだ――というような意味だ。しかし、それは、明かに冗談でむしろ、内川を喜ばす一つの手段の如く見えた。
 彼は、古鉄砲でウンと儲けた内川から約束通りのもの[#「もの」に傍点]をせしめようと念《こころ》がけていた。今にも出してよこすか、今か、今か、と待っていた。――幹太郎は、それを知っていた。
 それは、実に、見ッともないざまだった。
 彼は、飢《う》えた宿なしの犬のように、あらゆる感覚を緊張さして、どこでも、くん/\嗅ぎまわっていた。自分より新米の者の前では、すっかり、その本性の野獣性を曝露する小山は、支配人が居るとまるで別人になった。無口に、控え目になった。山崎は、内川に使われている人間でないだけ、まだ、無雑作で平気だった。しかしそれも、故意に無雑作をよそおっていた。無雑作のかげから、迎合する調子がとび出した。
 小山は、支配人が興味を持つことなら、もう十年間も土地《つち》を踏んだことのない内地の、新聞紙上だけの政治にも、なか/\興味をよせた。――よせた振りを見せた。
 彼は、内川の暗い顔を見て、すぐそれに反応した。
「めった、今度は去年あたりよりゃあいつ[#「あいつ」に傍点]らの景気がいいと思ったら、独逸が新しい武器を提供しとるそうじゃありませんか?」
「うむむ。」
 内川は唸った。
「どれっくらいですかな? その数量は?」
 今朝来たばかりの封書の口を引っぺがしてぬすみ見した。ぬすみ見して、その数量
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