笑ったり喋ったりする一方、彼の耳は、しょっちゅう、廊下のタフトがやって来る靴音に向って、病的に働いた。支那人がばた/\歩いて来る音にも、彼は、とび上りそうだ。
「さあ、もう、引きあげよう。」五|分《ぶ》程になった煙草を、足のさきでもみ消しながら考えた。
 陳は、声をひそめて、蒋介石が、アメリカから二千万円貰ったことに、話を引っぱって行った。今度は、独逸人の軍事顧問ばかりで、日本人には、見学さえ許していないそうだが、本当か、アメリカは、北伐軍には、もっと金を出す腹じゃないか、二千万円は、貧乏たれの日本人ならともかく、アメリカにしちゃケチくさいじゃないか、など話しはじめた。
 暗い隅の方へよって行った三四人が、何か不審げに囁きだした。
 山崎は、自分が疑われているばかりでなく、正体を見破られた、と思った。彼は、もう陳が、話を打ち切るか、打ち切るか、と、一分間を十時間ほどに長く感じながら入口に行った。
 彼は暗い廊下の足音に耳を傾けた。遠く、二階から、梯子段をおりて来る靴の音がした。陳はまだ、可笑《おか》しげに、呵々と笑ったり、喋ったりしている。靴は、どうも、こっちへやってくるらしい。
 彼は、殆んど何も考えるひまもなしに、たゞ陳に何か云って、廊下へ出た。十秒間に、十五間ほどを、曲り角まで足が宙をとんでやってきた。そこで彼は立止った。陳は、出てくる気配がなかった。
 山崎は、支那人に追っかけられる。と、予期しつゝ、なお、しばらく、様子をうかゞった。陳は、親しげに、おかしそうに笑いながら、とうとう出て来た。つゞいて、支那人が、どや/\と崩れ出て来た。彼は、ハッとした。どっかで爆音が起った。
 五秒の後、それは、武器を積んだトラックが、校庭に着いたのだと知れた。
 焚火にあたっていた者どもや、部屋にいた連中が、車からおろされる武器をかつぎこんだ。
 陳と山崎は、暗い夜露のおりた芝生の上に立ってそれを見ていた。タフトらしい、せいの高い、鼻筋の通った、アメリカ人が支那語を使って何か指図をしていた。
 武器は大型のトラックに、一ぱい積込んできていた。
「おい、おい、張り番はもういゝ。大丈夫だ。お前らも来て手伝ってくれ。」
 ふと、鼻の高い男が、学生服の二人を見つけて声をかけた。
「はい。」
 咄嗟に、気軽く陳はとび出て行った。
 その恰好を、山崎はおかしく、くつ/\笑いながら、自分
前へ 次へ
全123ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング