いの?」
「籾擂を機械に頼みゃ、唐臼をまわす世話はいらず、らく[#「らく」に傍点]でええけんど、頼みゃ、頼んだだけ銭がかゝるんじゃ。」
「あの、屋根裏のおかしげな音は何ぞと云ってるんだ!」
「なに、なんじゃ。――屋根裏に銭があると云いよるんか?」
おふくろはぼれ[#「ぼれ」に傍点]かけた。
よなべに作る藁草履を捨てゝ地下足袋を買えば、金がいる。ポンプも、白熱燈も、親玉号も、みな金だった。その割に、売る米の値は上るどころじゃなかった。そこで、土地土地土地と、土地を第一に思っていたおふくろが、ぼれたなりに、今度は銭銭銭《ぜに/\/\》と、金のことばかりを独りごとに呟きだした。
八
「孫七」の娘のお八重が、見知らぬ男と睦まじげに笑いかわしながら、自動車からおりて来た。
情夫かと思うと、夫婦だった。
「太助」のお政も、その附近の者の顔ではない、別のタイプの男をつれて帰って来た。
素性の知れた、ところ[#「ところ」に傍点]の者同志とでなければ、昔は、一緒にはならなかった。同村の者でなければ隣村の者と。隣村の者でなければ隣々村の者と。そして、夫婦をきめるのは、自分でなく、やかましい頑固な親だった。
今は、町へ出た娘達は、そこで、でっくわした男と勝手に一緒になった。
村へちょっと帰って、又、町へ出かけた。
次に村へ帰る時、又、別の男と一緒になっていたりした。人々は、それを当然のように思っていた。見てもなんにも云わなかった。
田舎に居っても、時が移り変っていることは感じられた。
昔流の古るくさいことばかりを守っている者は、次第に没落に近づいていた。人の悪い、目さきのきく、敏捷な男が、うまいことをやった。薪問屋は、石炭問屋に変り、鶏買いは豚買いに変った。それでうまいことをやった。いつまでも、薪問屋ばかりをやっている人間は、しまいには山の樹がなくなって、商売をやめなければならなくなっていた。薪問屋は、中間搾取をやる商売だ。しかし、そこからさえ、ある暗示を感じずにはいられなかった。
親爺は、やはりちびり/\土地を買い集めていた。土地は値打がさがった。自作農で破産をする人間、誰れもかれも街へ出て作り手がなく売りに出す人間、伊三郎が、又、息子の学資に畠の一部を売る場合――秋に入ると一と雨ごとに涼しくなる、そんな風に、地価は、一つの売出し毎に、相場がだん/\さがった。
そんな土地を、親爺はあさりまわって買った。僕はそれを好かなかった。親爺は、買った土地を抵当に入れて、信用組合からなお金を借り足して、又、別の畠を買った。五六口の頼母子講は、すっかり粕になってしまっていた。
頼母子講は、一と口が一年に二回掛戻さなければならない。だから、毎月、どっかの頼母子が、掛戻金持算[#「掛戻金持算」はママ]の通知をよこして来る。それで、親爺の懐はきゅう/\した。
それだのに親爺は、まだ土地を買うことをやめなかった。熊さんが、どこへ持って行っても相手にしない、山根の、松林のかげで日当りの悪い痩地を、うまげにすゝめてくると、また、口車にのって、そんな土地まで、買ってしまった。その点、ぼれていても、おふくろの方がまだ利巧だった。
「そんな、やちもない畠や田ばかり買って、地主にでもなるつもりかい?」
僕は馬鹿々々しさと、腹立たしさとで、真面目に取り合えない気になっていた。
「地主にゃこし、なれるもんか。たゞ、わいらにちっとでも田地を残してやろうと思うとるだけじゃ。銭を使うたら、それッきりじゃが、土地は孫子の代にまで残るもんじゃせに。」
親爺は、朴訥《ぼくとつ》で、真面目だった。
「俺ら、田地を買うて呉れたって、いらん。」
「われ、いらにゃ、虹吉が戻ってくりゃ、虹吉にやるがな。」
「兄やんが、戻って来ると思っとるんか、……馬鹿な! もう戻って来るもんか。なんぼ田を買うたっていらんこっちゃ!」
信用組合からの利子の取立てと、頼母子講の掛戻と、女房と、息子の反対は、次第に親爺を苦るしくして行った。
三人が百姓に専心して、その収穫が、どうしても、利子に追いつかなかった。このまゝで行けば、買った土地を、又、より安くで売り払って、借金をかえさなければならなくなるのはきまりきっていた。
もっと利子の安い勧業銀行へ人を頼んであたってみたりした。
だが、ある日、春だった。
「うまいことになったわい。」親爺は、いき/\と、若がえったように、すた/\歩いて帰ってきた。彼は、やはり朴訥な、真面目な調子で云った。「今度、KからSまで電車がつくんで、だいぶ家の土地もその敷地に売れそうじゃ。坪五円にゃ、安いとて売れるせに、やっぱし、二束三文で、買えるだけ買うといて、うまいことをやった。やっぱし買えるだけ買うといてよかった。今度は、だいぶ儲かるぞ。」
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