、百尺上から、落ちて来た、坑木に腰を砕かれて死んでしまった。親爺はハッパにやられた。彼の母も、母の妹も、坑内で死んでいた。母は、竪坑の、ひどく高いところから、拇指ほどの石がヒューと落ちて来た。それと同時に、鉄砲の弾丸《たま》にあたったように、パタリと倒れてしまった。石は、頭蓋骨を貫いて、小脳に這入っていた。何十人、何百人の者が、銅を掘り出すために死んだことか! 彼は、それを思うと、一寸の銅の針金、一つの銅の薬罐も、坑夫の血に色どられている気がした。
寒い、かび臭い風はスー/\奥から坑口へ向って流れ出て来た。そこで、井村は検査官を待った。公会堂の人のけはいと、唄が、次第に大きくはっきり聞えだした。八番坑のへしゃがれた奴が、岩の下に見えている。そこへ、検査官をつれて行くことを彼は予想した。山長や、課長が蒼く、顔色をかえて慌てだすだろう。ざま見ろ! 坑内にいる連中は、すべてを曝露してやる計画でうまくやっていた。役員の面の皮を引きむいてやるだけでもどれだけ気味がいゝかしれない。
二時まで待った。しびれを切らした武松は、坑口まで様子をさぐりに出て来た。
「これゃ君。」武松は、井村の耳もとに口をもって来て、小声に云った。「どうせ、曝露すりゃ、俺等はこっから追ン出されるぞ。」
「一かばちかだ。追ン出されたってかまわんじゃないか。」
「いや/\、そこで、この際、皆が一ツにかたく結びついとくことが必要なんだ。追ン出すたって追ン出されないようにだよ。」
ほかの者も、坑口まであがって来た。検査官は、やはりやって来るけぶらいも見えなかった。
「どう――もう来るかしら。」モンペイをはいたタエが、にこ/\しながら走り出て来た。「――ちゃんと、ケージのロープまで、もとの継《つ》いだやつにつけ直しちゃったんだよ。」
「今日こそ、くそッ、何もかも洗いざらい見せてやるぞ。」
「何人俺等が死んだって、埋葬料は、鉱車《トロ》一杯の鉱石であまるんだから、会社は、石さえ掘り出せりゃ、人間がどうなったって庇とも思ってやしねえんだ。あいつら、畜生、人間の命よりゃ、鉱石の方が大事と思ってやがるんだぞ!」
「うむ、そうだ、しかし、今日こそ、腹癒せをしてやるぞ! 今に見ろ!」
坑夫等は山の麓の坑口から、川縁の公会堂に、それ/″\二ツの眼を注いでいた。すばしっこい火箸のような、痩せッこつの七五郎が、板の橋を渡って
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