ね。」
「わしは、坑内に居合《いあわ》さなかったからね。」あやしげな口調になった。「こうして、監督がここへかついで来さしたんだから、勿論、まだ、命はあったかもしれんな。」
「先生が見て即死なら、見られたその通りを書いて呉れりゃいゝじゃありませんか。」
 返事がなかった。
「わしら行って見た時にゃ、もう息はなかったんですよ。」
「村上先生じゃったらなア!」隅の方で拇指《おやゆび》のない坑夫がさゝやいた。村上という医者は、三年前、四カ月程いて、坑山病院から頸になって行ってしまった。その村上も、決して坑夫に特別味方して呉れた医者じゃなかった。たゞ事実を有る通りに曲げなかった。そして、公平に、坑夫でも手子《てこ》でも空いていさえすれば、一等室に這入らした。その事実を曲げない、公平なだけでも、坑夫達には親のように有難かった。だが、それだけに、この坑山では、直ちに、追い出される理由になった。
「糞ッ!」
 彼等は、坑内へ引っかえしながら、むしろ医者に激しい憎悪を燃した。
「町が近けりゃ、ほかの医者にかつぎこんで見せてやるんだがなア!」
「なに、どいつに見せたって同じこったよ!」武松が憎々しげに吐き出した。「今に見ろ! 只じゃ怺えとかねえから。」
 妊婦は、あとで「脳振盪」と、病床日誌に死の原因を書きつけられていた。

      五

 今度は、山のような落盤の上に下敷きとなっている十四人を掘り出さなきゃならなかった。洞窟の奥の真暗な横坑にふさぎ込められていた土田は、山を這い渡る途中に、又、第二の落盤でもありやしないか、びく/\しながら、小さくなって、ころび出て来た。
 三本脚の松ツァンは、ケージをおりて、坑内へ這入って来た。彼は巨大な鉱石に耳をつけて息子の呻きがしやしないか神経を集中した。
「市三! 市三!」
 何度も大きな声を出して呼んだ。何ンにも返事がなかった。
「もうあかん!」彼は、ぐったりした。が、すぐあとから、又、「市三! 市三!」と息子を呼びつゞけた。
 そこからは、呻きも、虫の息も、何等聞えなかった。鉄管から漏れる圧搾空気だけがシューと引っきりなしに鳴っていた。
「これゃ、どうしたってあかん!」
 彼は、頭を両肩の中へ落しこんでしまう程がっかりした。
 集って来た死者の肉親は、真蒼になって慌てながら、それでもひょっとすると、椀のように凹んだ中にでも生きているかも
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