小川は、ゆっくり言葉を切って、じろりと源作を見た。
源作は、ぴく/\唇を顫わした。何か云おうとしたが、小川にこう云われると、彼が前々から考えていた、自分の金で自分の子供を学校へやるのに、他に容喙《ようかい》されることはないという理由などは全く根拠がないように思われた。
「税金を持って来たんか。」
「はあ、さようで……」
「それそうじゃ。税金を期日までに納めんような者が、お前、息子を中学校へやるとは以ての外じゃ。子供を中学やかいへやるのは国の務めも、村の務めもちゃんと、一人前にすましてからやるもんじゃ。――まあ、そりゃ、お前の勝手じゃが、兎に角今年から、お前に一戸前持たすせに、そのつもりで居れ。」
小川は、なお、一と時、いかつい眼つきで源作を見つめ、それから怒っているようにぷいと助役の方へ向き直った。収入役や書記は、算盤《そろばん》をやめて源作の方を見ていた。源作は感覚を失ったような気がした。
彼は、税金を渡すと、すごすご役場から出て帰った。
昼飯の時、
「今日は頭でも痛いんかいの。」と、おきのは彼の憂鬱に硬ばっている顔色を見て訊ねた。彼は黙って何とも答えなかった。
飯がすんで、二人づれで畠へ行ってから、おきのは、
「家のような貧乏たれに、市の学校やかいへやるせに、村中大評判じゃ。始めっからやらなんだらよかったのに。」と源作に云った。
源作は何事か考えていた。
「もう県立へ通らなんだら、私立へはやるまいな。早よ呼び戻したらえいわ。」
「うむ。」
「分《ぶん》に過ぎるせに、通っとっても、やらん方がえいじゃけれど……」とおきのは独言った。
暫らくして、
「そんなら、呼び戻そうか。」と源作は云った。
「そうすりゃえいわ。」おきのはすぐ同意した。
源作は畠仕事を途中でやめて、郵便局へ電報を打ちに行った。
「チチビヨウキスグカエレ」
いきなりこう書いて出した。
帰りには、彼は、何か重荷を下したようで胸がすっとした。
息子は、びっくりして十一時の夜汽車であわてゝ帰って来た。
三日たって、県立中学に合格したという通知が来たが、入学させなかった。
息子は、今、醤油屋の小僧にやられている。
[#地から1字上げ](大正十二年三月)
底本:「筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島傳治 徳永直集」筑摩書房
1978(昭和53)年12月20日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:はやしだかずこ
2000年7月3日公開
2006年3月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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