日が、牛の眼球に映っていた。蠅が一ツ二ツ牛の傍でブン/\羽をならしてとんでいた。……
「畜生!」父は稲束を荷って帰った六尺棒を持ってきて、三時間ばかり、牛をブンなぐりつゞけた。牛にすべての罪があるように。
「畜生! おどれはろくなことをしくさらん!」
牛は恐《おそ》れて口から泡を吹きながら小屋の中を逃げまわった。
鞍は毀《こわ》れ、六尺は折れてしまった。
それから三年たつ。
母は藤二のことを思い出すたびに、
「あの時、角力を見にやったらよかったんじゃ!」
「あんな短い独楽の緒を買うてやらなんだらよかったのに!――緒を柱にかけて引っぱりよって片一方の端から手がはずれてころんだところを牛に踏まれたんじゃ。あんな緒を買うてやるんじゃなかったのに! 二銭やこし仕末をしたってなんちゃになりゃせん!」といまだに涙を流す。……
[#地から1字上げ](大正十四年九月)
底本:「筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島伝治 徳永直集」筑摩書房
1978(昭和53)年12月20日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:Juki
2000年7月24日公開
2006年3月22日修正
青空文庫作成ファイル:
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