いでもえいがな。」と母は云った。
「ほいたって、こんな黒いんやかい……皆なサラを持っとるのに!」
以前に、自分が使っていた独楽がいいという自信がある健吉は、
「阿呆云え、その独楽の方がえいんじゃがイ!」と、なぜだか弟に金を出して独楽を買ってやるのが惜しいような気がして云った。
「ううむ。」
兄の云うことは何事でも信用する藤二だった。
「その方がえいんじゃ、勝負をしてみい。それに勝つ独楽は誰れっちゃ持っとりゃせんのじゃ。」
そこで独楽の方は古いので納得した。しかし、母と二人で緒を買いに行くと、藤二は、店頭の木箱の中に入っている赤や青で彩った新しい独楽を欲しそうにいじくった。
雑貨店の内儀《おかみ》に緒を見せて貰いながら、母は、
「藤よ、そんなに店の物をいらいまわるな。手垢で汚れるがな。」と云った。
「いゝえ、いろうたって大事ござんせんぞな。」と内儀は愛相を云った。
緒は幾十条も揃えて同じ長さに切ってあった。その中に一|条《すじ》だけ他《ほか》のよりは一尺ばかり短いのがあった。スンを取って切って行って、最後に足りなくなったものである。
「なんぼぞな?」
「一本、十銭よな。その短い分なら八銭にしといてあげまさ。」
「八銭に……」
「へえ。」
「そんなら、この短いんでよろしいワ。」
そして母は、十銭渡して二銭銅貨を一ツ釣銭に貰った。なんだか二銭儲けたような気がして嬉しかった。
帰りがけに藤二を促すと、なお、彼は箱の中の新しい独楽をいじくっていた。他《ほか》から見ても、如何にも、欲しそうだった。しかし無理に買ってくれともよく云わずに母のあとからついて帰った。
二
隣部落の寺の広場へ、田舎廻りの角力が来た。子供達は皆んな連れだって見に行った。藤二も行きたがった。しかし、丁度稲刈りの最中だった。のみならず、牛部屋では、鞍をかけられた牛が、粉ひき臼をまわして、くるくる、真中の柱の周囲を廻っていた。その番もしなければならない。
「牛の番やかいドーナリヤ!」いつになく藤二はいやがった。彼は納屋の軒の柱に独楽の緒をかけ、両手に端を持って引っぱった。
「そんなら雀を追いに来るか。」
「いいや。」
「そんなにキママを云うてどうするんぞいや! 粉はひかにゃならず、稲にゃ雀がたかりよるのに!」母は、けわしい声をだした。
藤二は、柱と綱引きをするように身を反《そ》ら
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