が、なんでも、地子のことでごた/\しとるらしいぜ。」
「どういう具合になっとるんです?」
 健二は顔を前に突き出した。――今年は不作だったので地子を負けて貰おう。取り入れがすんですぐ、その話があったのは彼も知っていた。それから、かなりごた/\していた。が、話がどうきまったか、彼はまだ知らなかった。
 杜氏は、話す調子だけは割合おだやかだった。彼は、
「お主の賃銀もその話が片づいてから渡すものは渡すそうじゃ、まあ、それまでざいへ去《い》んで休んどって貰えやえゝ。」と云った。
「そいつは併し困るんだがなあ。賃銀だけは貰って行かなくちゃ!」
 既に月の二十五日だった。暮れの節季には金がいるから十二月は日を詰めて働いたのであった。それに、前月分も半分は向うの都合でよこしていなかった。今、一文も渡さずに放り出すのは、あまりに悪辣である。健二は暫らく杜氏と押問答をしたが、結局杜氏の云うがまゝになって、男部屋へ引き下った。そこでふだん着や、襦袢や足袋など散らかっているものを集めて、信玄袋に入れ、帰る仕度をした。
「おや、君も暇が出たんか?」宇一が手を拭き乍《なが》ら這入って来た。
「うむ。……君もか?」
「……やちもないことになった。賃銀も呉れやせずじゃないか。……誰れが争議なんどやらかしたんかな。」彼は、既にその時から、傭主を憎むよりは、むしろ争議をやった仲間を恨んでいた。
「こんなずるい手段で来ると知っとりゃ、前から用意をしとくんじゃったのに……。」健二は自分の迂闊さを口惜しがった。
 同じ村から来ている二三の連中が、暫らくして、狐につまゝれたように、間の抜けた顔をして這入って来た。
「おい、お主等、このまゝおとなしく引き上げるつもりかい! 馬鹿々々しい!」村に妻と子供とを置いてある留吉が云った。「皆な揃うて大将のとこへ押しかけてやろうぜ。こんな不意打を食わせるなんて、どこにあるもんか!」
 彼等は、腹癒せに戸棚に下駄を投げつけたり、障子の桟を武骨な手でへし折ったりした。この秋から、初めて、十六で働きにやって来た、京吉という若者は、部屋の隅で、目をこすって、鼻をすゝり上げていた。彼の母親は寡婦で、唯一人、村で息子を待っているのであった。
「誰れが争議なんかおっぱじめやがったんかな。どうせ取られる地子は取られるんだ。」宇一は、勝手にぶつ/\こぼした。「こんなことをしちゃ却って、
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