がまゝにされている中に、その一隅の麦畑は青々と自分の出来ばえを誇っているようだった。
二
もう今日か明日のうちに腹から仔豚が出て来るかも知れんのだが、そういうやつを野ッ原へ追い放っても大丈夫だろうかな、無惨に豚を殺すことになりはしないか。腹が重く、動作がのろいんだが、健二はやはりこんなことを気遣った。
しかし、それはそれとして、今度の計画はうまく行くかな、やりしくじると困るんだ。……
そこへ親爺が残飯桶を荷って登って来た。
「宇平ドンにゃ、今、宇一がそこの小屋へ来とるが、よその豚と間違うせに放すまい、云いよるが……。」と、親爺は云った。
健二は老いて萎《しな》びた父の方を見た。残飯桶が重そうだった。
「宇一は、だいぶ方々へ放さんように云うてまわりよるらしい。」親爺は、桶を置いて一と息してまた云った。
「えゝ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]……裏切ってやがるな、あいつ!」健二は思わず舌打ちをした。
「放したところで、取られるものはどうせ取られるやら知れんのじゃ。」親爺は、宇一にさほど反感を持っていないらしかった。寧ろ、彼も放さない方がいゝ、とも思っているようだった。
「あいつの云うことを聞く者がだいぶ有りそうかな?」
「さあ、それゃ、中にゃ有るわい。やっぱりえゝ豚がよその痩せこつ[#「こつ」に傍点]と変ったりすると自分が損じゃせに。」
「そんな、しかし一寸した慾にとらわれていちゃ仕様がない。……それじゃ、初めっから争議なんどやらなきゃええ。」健二はひとりで憤慨する口吻になった。
親爺は、間を置いて、
「われ、その仔はらみも放すつもりか?」と、眼をしょぼしょぼさし乍《なが》らきいた。
「うむ。」
「池か溝《どぶ》へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。」
「そんなこた、それゃ我慢するんじゃ。」健二は親爺にばかりでなく、自分にも云い聞かせるようにそう云った。
親爺は嘆息した。
柵をはずして、二人が糞に汚れた敷藁を出して新らしいのに換えていると、にや/\しながらいつも他人の顔いろばかり伺っている宇一がやって来た。
豚が新らしい敷藁を心地よがって、床板を蹴ってはねまわった。
「お主ンとこにゃちゃんと放す用意が出来とるかい?」と健二は相手を見た。
「あゝ。」宇一はあいまいな返事だった。
「いざという場合に柵がはずれなん
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