立っていた。
「特務曹長殿、何かあったんでありますか?」
「いや、そのう……」
特務曹長は、血のたれる豚を流し眼に見ていた。そして唇は、味気なげに歪んだ。彼等は、そこを通りぬけた。支那家屋の土塀のかげへ豚を置いた。
「おい、浜田、どうしたんだい?」
何かあったと気づいた大西は、宿舎に這入ると、見張台からおりている浜田にたずねた。
「敏捷な支那人だ! いつのまにか宿舎へ××を×いて行ってるんだ。」
「どんな××だ?」
「すっかり特さんが、持って行っちまった。俺れらがよんじゃ、いけねえんだよウ。」
だが、しばらくすると浜田は、米が這入った飯盒《はんごう》から、折り畳んだものを出してきた。
「いくら石塚や山口が×××たって、ちゃんと、このあたりの支那人の中にだって、俺れらの××が居るんだ! 愉快な奴じゃないか、こんなに沢山の人間が居るのに、知らんまに這入ってきて、×くだけ××を×いたら、また、知らんまに出て行っちまって居るんだ。すばしこい奴だな。」
二 慰問袋
壁の厚い、屋根の低い支那家屋は、内部はオンドル式になっていた。二十日間も風呂に這入らない兵士達が、高梁稈のアンペラの上に毛布を拡げ、そこで雑魚寝《ざこね》をした。ある夕方浜田は、四五人と一緒に、軍服をぬがずに、その毛布にごろりと横たわっていた。支那人の××ばかりでなく、キキンの郷里から送られる親爺の手紙にも、慰問袋にも××××がかくされてあるのに気づいた中隊幹部は非常にやかましくなってきた。
オンドルは、おだやかな温かみを徐ろに四肢に伝えた。虱は温か味が伝わるに従って、皮膚をごそ/\とかけずりまわった。
もう暗かった。
五時。――北満の日暮は早やかった。経理室から配給された太い、白い、不透明なローソクは、棚の端に、二三滴のローを垂らして、その上に立てゝあった。殺伐な、無味乾燥な男ばかりの生活と、戦線の不安な空気は、壁に立てかけた銃の銃口から臭う、煙哨の臭いにも、カギ裂きになった、泥がついた兵卒の軍衣にも現れていた。
ボロ/\と、少しずつくずれ落ちそうな灰色の壁には、及川道子と、川崎弘子のプロマイドが飯粒で貼りつけてある。幹部は、こういうものによって、兵卒が寂寥を慰めるのを喜んだ。
六時すぎ、支部馬の力のないいななきと、馬車の車輪のガチャ/\と鳴る音がひゞいて来た。と、ドタ靴が、敷瓦を蹴った。入口に騒がしい物音が近づいた。ゴロ寝をしていた浜田たちは頭をあげた。食糧や、慰問品の受領に鉄道沿線まで一里半の道のりを出かけていた十名ばかりが、帰ってきたのだ。
宿舎は、急に活気づいた。
「おい、手紙は?」
防寒帽子をかむり、防寒肌着を着け、手袋をはき、まるまるとした受領の連中が扉を開けて這入ってくると、待っていた者は、真先にこうたずねた。
「だめだ。」
「どうしたんだい?」
「奉天あたりで宿営して居るんだ。」
「何でじゃ?」
「裸にひきむかれて身体検査を受けて居るんだ。」
「畜生! 親爺の手紙まで、俺れらにゃ、そのまゝ読ましゃしねえんだな!」
でも、慰問袋は、一人に三個ずつ分配せられた。フンドシや、手拭いや、石鹸ばかりしか這入っていないと分っていても、やはり彼等は、新しく、その中味に興味をそゝられた。何が入れてあるだろう? その期待が彼等を喜ばした。それはクジ引のように新しい期待心をそゝるのだった。
勿論、彼等は、もう、白布の袋の外観によって、内容を判断し得るほど、慰問袋には馴れていた。彼等は、あまりにふくらんだ、あまりに嵩《かさ》ばったやつを好まなかった。そういう嵩ばったやつには、仕様もないものがつめこまれているのにきまっていた。
また、手拭いとフンドシと歯磨粉だった。彼等は、それを掴み出すと、空中に拡げて振った。彼等は、そういうもの以外のものを期待しているのだった。と、その間から、折り畳んだ紙片が、パラ/\とアンペラの上に落ちた。
「うへえ!」
棚のローソクの灯の下で袋の口を切っていた一人は、突然トンキョウに叫んだ。
「何だ? 何だ?」
一時に、皆の注意はその方に集中した。
「待て、待て! 何だろう?」
彼は、ローソクの傍に素早く紙片を拡げて、ひっくりかえしてみた。
「××か?」
「ちがう。学校の先生がかゝした子供の手紙だ! チッ!」
その時、扉が軋って、拍車と、軍刀が鳴る音がした。皆は一時に口を噤んで、一人に眼をやった。顔を出したのは大隊副官と、綿入れの外套に毛の襟巻をした新聞特派員だった。
「寒い満洲でも、兵タイは、こういう温い部屋に起居して居るんで……」
「はア、なる程。」特派員は、副官の説明に同意するよりさきに、部屋の内部の見なれぬ不潔さにヘキエキした。が、すぐ、それをかくして、「この中隊が、嫩江《のんこう》を一番がけに渡ったんで
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