貰おう。」次女のきみ[#「きみ」に傍点]が云った。
 子供達は、他人《ひと》に負けないだけの服装をしないと、いやがって、よく外へ出て行かないのだ。お品は、三四年前に買った肩掛けが古くなったから、新しいのをほしがった。
 清吉は、台所で、妻と二人きりになると、
「ひとつ山を伐ろう。」と云いだした。
 お里はすぐ賛成した。
 山の団栗《どんぐり》を伐って、それを薪に売ると、相当、金がはいるのであった。

      二

 正月前に、団栗山を伐った。樹を切るのは樵夫《きこり》を頼んだ。山から海岸まで出すのは、お里が軽子《かるこ》で背負った。山出しを頼むと一|束《わ》に五銭ずつ取られるからである。
 お里は常からよく働く女だった。一年あまり清吉が病んで仕事が出来なかったが、彼女は家の事から、野良仕事、山の仕事、村の人夫まで、一人でやってのけた。子供の面倒も見てやるし、清吉の世話もおろそかにしなかった。清吉は、妻にすまない気がして、彼自身のことについては、なるだけ自分でやった。が、お里の方では、そんなことで良人が心を使って病気が長びくと困ると思っていた。清吉の前では快活に骨身を惜まずに働いた。
 木は、三百|束《たば》ばかりあった。それだけを女一人で海岸まで出すのは容易な業ではなかった。
 お里が別に苦しそうにこぼしもせず、石が凸凹している嶮しい山路を上り下りしているのを見ると、清吉はたまらなかった。
「ひまがあったら、木を出せえ。」彼は縫物屋が引けて帰ったお品に云いつけた。
「きみ[#「きみ」に傍点]も出すか、一|束《わ》出したら五銭やるぞ。」
 姉よりさきに帰っている妹にも云った。きみはまだ小さくて、一束もよく背負えなかったが、
「一|束《わ》に五銭呉れるん。そんなら出さあ。」
 きみは、口を尖らして、眼をかゞやかした。
「出すことなるか?」
「うん、出さあ。一束よう出さなんだら、半束ずつでも出さあ。」
「そうかい。」彼は笑った。

      三

 木代が、六十円ほどはいったが、年末節季の払いをすると、あと僅かしか残らなかった。予め心積りをしていた払いの外に紺屋や、樋直し、按摩賃、市公《いちこう》の日傭賃《ひようちん》などが、だいぶいった。病気のせいで彼はよく肩が凝った。で、しょっちゅう按摩を呼んでいた。年末にツケを見ると、それだけでも、かなり嵩《かさ》ばっていた。
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