小豆島
黒島傳治

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)水ばな[#「ばな」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぞろ/\と群り歩いて
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 用事があって、急に小豆島へ帰った。
 小豆島と云えば、寒霞渓のあるところだ。秋になると都会の各地から遊覧客がやって来る。僕が帰った時もまだやって来ていた。
 百姓は、稲を刈り、麦を蒔きながら、自動車をとばし、又は、ぞろ/\群り歩いて行く客を見ている。儲けるのは大阪商船と、宿屋や小商人だけである。寒霞渓がいゝとか「天下の名勝」だとか云って宣伝するのも、主に儲けをする彼等である。百姓には、寒霞渓が、なに美しくあるものか! 「天下の名勝」もへちまもあったものじゃない。彼等は年百年中働くばかりである。食う物を作りながら、常に食うや食わずの生活をしている。
 僕の親爺は百姓である。もう齢、六十にあまって、なお毎日、耕したり、肥桶をかついだりである。寒い日には、親爺の鼻さきには水ばな[#「ばな」に傍点]のしずくが止まっている。時々それがぽとりと
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