る者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにやってくる。そういう風に見える。しかし、なかには、大褂児の下に絹の靴下を、二三十足もかくしていた。帽子の下に天子印の、四五間さきの空気をくんくんさせる高価な化粧品をしのばせていた。そして、彼らが市街のいずれかへ消えて行って、今夜ひっかえしてくる時には、靴下や化粧品のかわりに、ルーブル紙幣を、衣服の下にかくしている。そんな奴があった。

     二

 北方の国境の冬は、夜が来るのが早かった。
 にょきにょきと屋根が尖《とが》った、ブラゴウエシチェンスクの市街は、三時半にもう、デモンストレーションのような電灯の光芒《こうぼう》に包まれていた。
 郊外には闇が迫ってきた。
 厚さ三尺ないし八尺、黒竜江の氷は、なおその上に厚さを加えようとして、ワチワチ音を立て、底から表面へ瘤《こぶ》のようにもれ上ってきた。警戒兵は、番小屋の中で、どこから聞えてくるともない、無慈悲《むじひ》な寒冷の音を聞いた。
 二重硝子の窓の外には、きつきつたる肌ざわりの荒い岩のような、黒竜江の
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