分の所有物を纏《まと》めた。河のかなたへ※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1−92−56]《ずらか》ってしまうのだ。
「俺ゃ、まだ起られねえ」
晩が来ると、夜がふけるのを待たずに呉は出発した。
田川は、ベットに横たわっていた。
「気をつけろよ」
呉は出かけに言った。
「ああ」
一時間して、おやじが支那人部屋へとびこんできた。おやじは、また、郭進才の場合のように呉の床箆子の附近をさがしまわって、破った、虱《しらみ》のいる肌着が一枚丸めて放ってあるのをつまみ上げ、舌打ちをした。
「チッ! まったく、油断もすきもならん! 貴様は、こらッ、田川! ここに寝ていて呉が何をしていたか分ったであろうが!」
田川は、毛布をひっかむって眠ったふりをしていた。そして、おやじが出て行った後で声をあげて愉快げに笑った。
だが、数日の後、おやじは、別の支那人をつれてきた。保証金を取った。そして、倉庫に休んでいる品々を別の橇に積みこませた。
四
黒竜江の結氷が轟音《ごうおん》とともに破れ、氷塊《ひょうかい》は、濁流《だくりゅう》に押し流されて動きだす春がきた。
河蒸汽ののどかな汽笛が河岸に響きわたった。雪解の水は、岸から溢れそうにもれ上がっている。帆をあげた舟、発動汽船、ボート、櫓《ろ》で漕《こ》ぐ舟、それらのものが春のぽかぽかする陽光をあびて上ったり下ったりした。
黒河からブラゴウエシチェンスクへは、もう、舟に乗らなければ渡ってくることはできない。しかし、警戒兵は、油断がならなかった。税関の船着場以外へ、毎晩、支那人の舟が闇に乗じてしのびよってきた。舟は、暗い。霧がおりた流れを、上流にむかって漕ぎのぼって行く。三四丁のぼると、すきを伺って、相手の頸もとへひらりと飛びこんでくるシャモのように、舳《へさき》の向きをかえ、矢のように流れ下りながら、こちらへ泳ぎついてきた。そして、河岸へ這い上ると、それぞれの物を衣服の下や、長靴の中にしのばして、村の方へ消えて行った。
哈爾賓《ハルピン》から運ばれたばかりのものを持ちこんでいるのだ。
警戒兵は見のがすわけには行かなかった。
彼れらは、まったく手ぶらで、ただ、衣服を着けただけで上がってくる。たんなる労働者か、百姓のように見えた。ところが、上衣を引きはぐと、どこにどうしてかくしているのか、五十足の靴下が、ばらば
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング