のが兵卒だった。それが兵卒のつとめだ。彼は俸給に受取った五円札をその貯金を出した。そして、ツリに、一円札を四枚、金をまとめて野戦郵便局へ持って行く小使から受取った。その五円札が贋造だったことを局員が発見したのである。
それは極めて精巧に、細心に印刷せられたものであった。印刷局で働いて、拵え方を知っている者の仕業のようだ。一見すると使い古され、しわくちゃになっていた。しかし、よく見ると、手垢が紙にしみこんでいなかった。皺《しわ》も一時に、故意につけられたものだ。
郵便局では、隣にある電信隊の兵タイが、すぐやってきて、札を透かしたり指でパチ/\はじいたりした。珍しそうにそれを眺め入った。
「うまくやる奴もあるもんだね。よくこんなに細かいところまで似せられたもんだ。」
「すかしが一寸、はっきりしていないだろう。」貯金掛の字のうまい局員が云った。
「さあ。」
「それは紙の出どころが違うんだ。札の紙は、王子製紙でこしらえるんだが、これはどうも、その出が違うようだ。」
「一寸見ると、殆んど違わないね。」電信隊の兵タイは、蟇口《がまぐち》から自分の札を出して、比較してみた。「違わないね。……実際、Five なんか一分も違わず刷れとるじゃないか。」
「どれ/\。」
局へ内地の新聞を読みに来ている、二三人の居留民が、好奇心に眼を光らせて受付の方へやって来た。
三十歳をすぎている小使は、過去に暗い経歴を持っている、そのために内地にはいられなくて、前科者の集る西伯利亜《シベリア》へやって来たような男だった。彼の表情にも、ものごしにも、暗い、何か純粋でないものが自《おのずか》ら現れていた。彼は、それを自覚していた。こういう場合、嫌疑が、すぐ自分にかゝって来ることを彼は即座に、ピリッと感じた。
「おかしなことになったぞ。」彼は云った。「この札は、栗島という一等看護卒が出したやつなんだ。俺れゃちゃんと覚えとる。五円札を出したんは、あいつだけなんだから、あいつがきっと何かやったんだな。」
彼は、自然さをよそおいつゝ人の耳によく刻みこまれるように、わざと大きな声を出した。
「栗島が出した札かい?」局員はきゝかえした。その声に疑問のひゞきがあった。
「あゝ、そうだ。」
「たしかだね?」
「うむ、そうだ。そうに違いない。」
眼鏡を掛けた、眼つきの悪い局長が、奥の部屋から出て来た。局長は疑ぐ
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