うしてくれ、罰としてここには置かない。そうするんだ。――すぐだ、速刻やってくれ!」
八
一隊の兵士が雪の中を黙々として歩いて行った。疲れて元気がなかった。雪に落ちこむ大きな防寒靴が、如何にも重く、邪魔物のように感じられた。
雪は、時々、彼等の脛《すね》にまで達した。すべての者が憂欝《ゆううつ》と不安に襲われていた。中隊長の顔には、焦慮の色が表われている。
草原も、道も、河も悉《ことごと》く雪に蔽われていた。
枝に雪をいただいて、それが丁度、枝に雪がなっているように見える枯木が、五六本ずつ所々に散見する外、あたりには何物も見えなかった。どこもかしこも、すべて、まぶしく光っている白い雪ばかりだった。そして、何等の音も、何等の叫びも聞えなかった。ばりばり雪を踏み砕いて歩く兵士の靴音は、空に呑まれるように消えて行った。
彼等は、早朝から雪の曠野《こうや》を歩いているのであった。彼等は、昼に、パンと乾麺麭《かんめんぽう》をかじり、雪を食ってのどを湿した。
どちらへ行けばイイシに達しられるか!
右手向うの小高い丘の上から、銃を片手に提げ、片手に剣鞘を握って、斥候が馳《は》せ下《お》りて来た。彼は、銃が重くって、手が伸びているようだった。そして、雪の上にそれを引きずりながら、馳せていた。松木だった。
彼は、息を切らし、中隊長の傍まで来ると、引きずっていた銃を如何にも重そうに持ち上げて、「捧げ銃」をした。彼の手は凍って、思う通りに利かなかった。銃は、真直に、形正しく、鼻のさきへ持ち上げることが出来なかった。
中隊長は、不満げに、彼を睨《にら》んだ。「も一度。そんな捧《ささ》げ銃《つつ》があるか!」その眼は、そう云っているようだった。
松木は、息切れがして、暫らくものを云うことが出来なかった。鼻孔から、喉頭が、マラソン競走をしたあとのように、乾燥し、硬《こわ》ばりついている。彼は唾液《つばき》を出して、のどを湿そうとしたが、その唾液が出てきなかった。雪の上に倒れて休みたかった。
「どうしたんだ?」
中隊長は腹立たしげに眼に角立てた。
「道が、どうしても、」松木は息切れがして、つづけてものを云うことが出来なかった。「どうしても、分らないんであります。」
「露助は、どうしてるんだ。」
「はい。スメターニンは、」また息切れがした。「雪で見当がつかんというので
前へ
次へ
全20ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング