って中佐に抜てきされる。……ただ一つ、彼の気に喰わぬことがあった。それは、鉄砲を空に向けて、わざとパルチザンを逃がしてしまった兵タイがあることだった。だが、それは表沙汰にして罰すると、自分の折角の勲功がふいになってしまうのだった。部下を指揮する手腕が十分でなかった責任は当然彼の上にかかって来るからだ。不届きな兵タイは、ほかの機会にひどいめにあわしてやることにして、今は、かくしておくことにした。その方が利巧な方法だ。
「閣下も討伐の目的が達して、非常にお喜びになることでしょう。」
 あとから来ている副官が云った。閣下とは司令官のことだ。
「うむ。」
 大隊長は、空へ鉄砲を向けた兵タイのことは忘れて、内心の幸福を抑えることが出来ずにこにこした。
「全く、うまく行きましたな。」
「うむ。――ご苦労だった。」
 ――彼はまた、功四級だろうか、それとも五級かな、と考えた。ひょっとすると、三級にありつけるかもしれんて。この頃は、金鵄も貰い易くなっているからな。そうすると、年金が七百円とれると……
 不意に、どこからか、数発の銃声がして、彼の鼻のさきを、ヒュッと弾丸《たま》が唸ってとび去った。彼は、思わず頸をすくめた。その拍子に馬はびっくりしてはね上った。そして尻をしたたかにぶん殴られたように前方へ驀進《ばくしん》した。隊長は、辷《すべ》り落ちそうになりながら、
「おォ、おォ、おォ!」
と悲しげな声を出した。
「誰れか来て呉れい!」彼は、おおかた、口に出して、それを叫ぼうとした。
 左側の樅《もみ》やえぞ松がある山の間にパルチザンが動いているのが兵士達の眼に映じた。彼等は、すぐ地物のかげに散らばった。
 パルチザンは、その山の中から射撃していたのだ。
 パルチザンは、明らかに感情の興奮にかられているようだった。
 その森の中からとんで来る弾丸は髪の毛一本ほどにま近く、兵士の身体をかすめて唸った。

       六

 パルチザンは、山伝いに、カーキ色の軍服を追跡していた。
 彼等は空に向って、たま[#「たま」に傍点]をぶっぱなしたあの一角から、逃げのびた者だった。――その中には馬を焼かれたウォルコフもまじっていた。
 そこらへんの山は、パルチザンにとって、自分の手のようによく知りぬいているところだった。
 村を焼き討ちされたことが、彼等の感情を極端に激越に駆りたてていた。
 弾丸は逃げて行くカーキ色の軍服の腰にあたり、脚にあたり、また背にあたった。短い脚を、目に見えないくらい早くかわして逃げて行く乱れた隊列の中から、そのたびに一人また一人、草ッ原や、畦《あぜ》の上にころりころり倒れた。露西亜語を話す者のでない呻《うめ》きが倒れたところから聞えてきた。
「あたった。あたった。――そら一匹やっつけたぞ。」
 そのたびに、森の中では、歓喜の声を上げていた。
 中には、倒れた者が、また起き上って、びっこを引き引き走って行く者がある。傷ついた手をほかの手で握って走る者がある。それをパルチザンは森の中からねらいをきめて射撃した。興奮した感情は、かえってねらいを的確にした。
 カーキ色の軍服は、こっちで引鉄《ひきがね》を握りしめると、それから十秒もたたないうちに、足をすくわれたように草の上へ引っくりかえった。
「そら、また一匹やった。」
「あいつは兵卒だね。長い刀をさげて馬にのっている奴を引っくりかえしてやれい! 俺ら、あいつが憎らしいんだ。」
「ようし!」
「俺ら、あの長い軍刀がほしいんだ。あいつもやったれい!」
 彼等はだんだん愉快になってきた。…………
[#地から1字上げ](昭和三年十月)



底本:「現代日本文學大系 56 葉山嘉樹・黒島伝治・平林たい子集」筑摩書房
   1971(昭和46)年7月15日初版第1刷発行
   1974(昭和49)年5月30日初版第2刷発行
入力:大野裕
校正:柳沢成雄
2001年8月24日公開
2005年12月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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