大将になった坊っちゃんのあとにはボール紙を円く巻いて口にあてがった、喇叭卒がつづいていた。
 猫は、跛を引いて逃げ帰ると、納屋の隅にうずくまって、殴られた足をかばうようにねぶった。
「猫を出せエ、こらッ! 猫を出せエ、こらッ!」兵隊になった子供達は、おりくの家のまわりを囲んで叫んだ。
 ばあさんは、また一日をつぶして、「紋」を手籠に入れて捨てに行った。今度は、上り一里、下り一里半の山を越して遠くへ行った。
「やれ/\寛ろいだ。もうこれで戻りゃせんじゃろうんの。」晩に暗くなってから、ばあさんは家へ帰って、「どこぞで風呂を一っぱい貰いたいもんじゃ。――ああ、シンドかった。」
「太衛門にゃ風呂場から煙が出よったけれど、入りに来い云うて来りゃせんがい。」と、じいさんは井戸端で足を洗ってきて云った。
「せんど風呂に入らんせに、垢まぶれになった上に汗をかいて、気色が悪るうてどうならん。」
 二人は、もう殆ど一カ月ばかり風呂に入っていなかった。夏だったら行水が出来るのだが、秋も十一月の初めになっては行水どころではなかった。
「まあ、今夜は、乾手拭ででも身体を拭いて辛抱せい。二三日たったら、またもとのように旦那んとこで入れて貰えようだイ。」と、じいさんは云って、自分で掘って来て蒸した芋を頬ばった。
 けれども、一日おいて、猫は再び帰って来た。そして、以前と同様に魚を盗んだり、鶏をねらったりした。
 子供達は、もう忘れてしまったように猫をいじめなかった。が、その代り、大人が、見つけ次第に礫を投げつけたり、棒でぶん殴りに来たりした。
「また味をつけて鶏を捕りやがった。今度は雛じゃなしに鶏じゃ。」地主の下男が、喧嘩腰で、また奴鳴りこんできた。
「一体、お前等が悪いんじゃ。戻らんとこへ捨てりゃえいことを、捨てもせず、放ったらかしじゃせに、よその鶏を捕るんじゃ。これは三円もする鶏じゃないかい。――こんなことしよったら、田や畠も旦那に取り上げられて、作らして呉れやせんぞイ。」
 下男は、鶏が一羽なくなったところで自分の損でもないのに、如何にも惜しそうな調子で文句を並べたてた。
 猫は、後脚に礫をあてられて、血を流しながら竈の傍につくなんでいた。
「今度見つけたら、見つけ次第に叩き殺してやる!」下男はこんな捨てせりふを残して去った。
「殺されたら可愛そうじゃせに、よそイ出て行かんように、家につな
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