盛り上げてやった。ダシがらの鰯もやった。猫は舌なめずりをして、それを食うて腹をふくらした。それだのに、他所へ行くと、早速、盗みを働くのだった。
 そうして、本職の鼠を捕る方は、おろそかになった。
「おりくよ、旦那んとこにゃ、雛を捕られた云うて大モメをしよるが、また家の紋が捕ったんじゃないんか。」ある時、畠から帰りかけた、地主の家の騒ぎを聞いてきて、じいさんは、ばあさんに云った。
「そうかいんの、……あれはどこイ行たんかしらん……チョチョチョ。」ばあさんは猫を呼んでみた。すると、どこからか、悄々《しお/\》として「紋」が出てきた。
「われゃ、どこに居ったんぞ?」
 そうしているところへ、地主の下男が、喰い殺された雛の脚をさげてやってきた。
「お前んとこの猫は、こら、こんなに雛を喰い殺してしまいやがった!」と下男は、雛をばあさんの顔さきへ突きつけた。
「それゃ、まあ、すまんこって……」
「おどれが、こんな所で、のこのこ這いよりくさる!」下男は猫を見ると、素早く、礫を拾って投げつけた。不意に飛んできた礫に驚いて猫は三四間走ってから、下男を振り返って見て、物乞いするようにないた。
「おどれが!」再び下男は礫を投げつけた。
「この頃は、盗を働いて、鼠の番もせんせに、大分納屋の麦を鼠に食われよる。」じいさんは、晩飯を食ってから、煙草に火をつけながら云った。
「もう俵に孔でも開けとるかよ?」
「うむ。……俵のまわりは鼠の糞だらけじゃ。こんなことじゃ毎晩五合位い食われようことイ。」
「そうじゃろうか。……それでも、あいつを棄てるんは可愛そうじゃし……」
 おりくの家には風呂がなかった。地主の家や、近所で入れて貰っていた。で、向いの本土へ出稼ぎに行っている息子が時々帰ると、その土産物を御礼のつもりで心して持って行っていた。ところが、猫が悪るさをしだしてからは、地主の家からも、近所からも、風呂に入りに来いと云ってきなくなった。
「そこの人が悪いと、猫まで悪るなるもんじゃ。」風呂入りに集った近隣の老人達はおりくの家のことを悪く云いあった。
「あしこには、ろくに飯を食わさんのじゃろう。」
「あしこの茂公は、ほんまに油断がならなんだせにんの。」
 盗癖のために村にいられなくなって、どこかへ出奔して、十数年来頼りがない茂吉という、じいさんの弟があった。監獄へこそ行かなかったが、警察へはたびたび
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