羊のやうに屠所へ引いて行かれるのですね。ところが、その心のずつと奥の所に、誰でも哀れな、ちつぽけな、雀の鼻位な、それよりもつとちつぽけな希望を持つてゐるのですね。どいつもこいつも Lasciate ogni speranza といふ奴を知つてゐるのですからね。例の奉公人じみた希望がしやがんでゐるのですね。いかさま御最《ごもつとも》千万でございます。でも事に依りましたら、御都合でといふやうなわけですね。憐愍《れんみん》といふ詞は、知れ切つてゐるから口外しないのですが。」
「そこでどうだといふのだ」と、学士は悲しげに云つて、寒くなつたとでもいふ様子で、手をこすつた。
「そこでわたくしは自然といふ奴を、死よりももつとひどく憎むやうになつたのですね。夜昼なしにかう考へてゐたのです。いつか敵《かたき》の討てないことはあるまい。討てるとも。糞。先生。聞いて下さい。その癖わたくしは地球以外の自然に対してはまだ頗る冷淡でゐるのです。そんなものは構ひません。例之《たと》へば、星がなんです。なんでもありやしません。星は星で存在してゐる。わたくしはわたくしで存在してゐる。距離が遠過ぎるですな。それとは違つて
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