ことをおこりました。
「あいつめ、あんな小ぞうつ子にコーリヤを送つてよこさせるなんて、ひどいやつだ。リカはどこにゐるんだ。」
「台所に。馬に乾草をやつて、じぶんはストーヴの上であたつてゐるの。」
お父さんは台所へいきました。あとから子どもたちもぞろ/\ついていきました。
リカは靴をぬぎ、帯もとつて、テイブルの前にすわつてゐました。下女が、お茶をくんでやつてゐました。リカの顔は、まつ赤になつてゐます。鼻の先の皮がむけ、ぬれた麻色の髪の毛が、大きな頭の上にぺつたりと、くつついてゐます。
「おいリカ。」とお父さんはどなりました。
「一たい、おまいみたいなものをよこすなんてどうしたわけだ。おまい、いくつだ。」
「おれァ赤ん坊ぢあねえよ。」
リカは、ぶつきらぼうに答へました。
「もつと遠くへだつて一人でいくんだよ。ここまでぐらゐなんでもねえよ。」
「とちゆうで、もし、まちがひがあつたらどうするんだ。おまいにはまだ馬がじゆうにはなるまい。」
「おれに?」
リカは笑ひました。
「三頭びきだつてやれるよ。二頭ぐらゐなんでもないよ。」
「ふうん、そいつあ、えらいな。」とお父さんはいひました。
レーワと、ボーリヤと、サシュールカは、びつくりしたやうな目をして、リカをみてゐましたが、じぶんたちも、リカとお話がしたくなつたらしく、すこしづゝそばへよつてきました。
「家へね、今にクリスマスの飾りもみの木がくるわよ。」とボーリヤがいひました。
「あつちへおいでなさい。」とお父さんはいひました。
「こゝはお前たちのくるところぢやありません。」
子どもたちは、しかたなしに、いや/\台所を出ていきました。けれど、お父さんがお部屋へいつてしまふと、すぐまた台所へやつてきました。
「ね、家へね、クリスマスのもみの木がくるのよ。」
「ふん来るものは来させるがいゝよ。」とリカはいひました。
「それよりかお母さんに言つてくんな。金をくんなつて。一ルーブル八十コペックだよ。」
リカは、お茶をやたらにのみました。で、すつかり汗をかいて、ためいきをしながら窓の外をみて下女にいひました。
「ふう。なんてひどい天気だらう。一晩とまらなきあならないな。お前おれをおひ出しやしないね。」
「リカが家へ泊るんだつて。」と、子どもたちは、うれしさうにさけびました。
「だけど、お前どこにねるの?」と下女がきゝます。
「あの腰かけの上によ。」
「なんの上に?」
「腰かけの上だつていふに。」
「だつて、まくらがないよ。」
「まくらなんかいらない。坊ちやん、おれに砂糖をすこしもつてきてくんねえか。」
ボーリヤは、お砂糖をみつけ出して、もつてきてやりました。レーワはクルミをもつてきました。サーシュカもまねをして、こはれたお人形をもつてきました。
子どもたちは、奥から台所へ、台所から奥へとかけあるいて、お母さんに、リカがなんと言つたとか、どんなふうにせき[#「せき」に傍点]をしたとかと、一々それを話しました。まるで、台所になにかめづらしい動物でもゐるやうなさわぎです。
コーリヤは、お母さんが手紙にかいてよこした蓄音器をかけてゐました。蓄音器は、勇ましい行進曲をふいたり、歌をうたつたりしました。
「コーリヤ、蓄音器をリカにみせてやりませうよ。」とボーリヤが言ひました。
「お母ちやま、コーリカをつれてきてもいゝでせう。」
「どうして?」
「蓄音器をみせてやるの。」
子どもたちはお母さんにとびついて、ねだりました。そしてお母さんがゆるして下さると、よろこんでかけ出しました。
「これ/\、かけるんぢやありません。それから靴はぬがせるんですよ。」
「もうぬいでるの。」
コーリカはいつまでもぐづついてゐて、中々奥へこようとしませんでした。
「おれの見たことのないものだつて? なんだらうな?」
「森のおばけだよ。」とコーリヤがいひました。
「なんだ。」
「なんでもいゝからおいでよ。」
「よし、いく。」
リカは、やつとコーリヤのあとについていきました。コーリヤが食堂のまへをとほるとき、リカはちよつと後しざりをしました。奥さまのすがたが、ちらりとみえたからです。
「いゝんだよ。さ、いゝんだよ。」
コーリヤたちはリカを引つぱつて、蓄音器の前につれてきました。
「ほら、この箱ね、この箱の中に魔法使がゐるんだよ。」
「うそう。」
「うそだつて?」
コーリヤはかういひながら急に蓄音器をしかけました。リカは、びつくりしました。
「ほう、こんちきしよう。うたをうたひやァがる。」
リカは、音のするその箱をこはさうにのぞきこみました。子どもたちは、みんなで、きやつきやと笑ひました。
四
あんまり笑ひさわぐので、お父さんが出てきました。そして、お父さんも笑ひました。それをきいて、お母さんもきました。
「まあ、なんです?」
「リカつたら、お母さん、リカつたらね、蓄音器をこはがつてるのよ。」
「うそだい。」と、リカはまつ赤になつていひました。
「こはがつてなんかゐるもんか。これあ器械だよ。」
かう言つて、リカは、しゆつと鼻をすゝりました。お母さんは顔をしかめて、リカの肩をつついていひました。
「さあ、もうたくさん。あつちへおいでよ。ね。」
「あらまだいゝわ。」とサーシュカがいひました。
「もう少しゐさせてあげてよ、ね。」
「いゝえ、もうたくさんですよ。さあ、あつちへいきなさい、リカ。」
リカは、台所へかへりかけましたが、食堂のところまでくるとふりむいて、
「あ、さうだつけ、おくさま、駄賃をおくれよ。」
「あげますとも。」
「ぢやァ、今すぐおくんなさい。でないとおら、あすは夜あけにいくだから。」
「あいよ、すぐ女中にもつてよこさせます。さあ、あつちへおいで。」
「おらに、ぢかに、ください。その方がまちがひがないから。夜明けにはやくいかないと父ちやんは泊るでねえつていつたんだから、しかられるといけないから。」
そのときボーリヤが出て来ました。
「坊ちやん、ぢやァさよなら。」
リカは、手を出していひました。ボーリヤは手を出さうとしましたが、急に、その手を引つこめてしまひました。きたない子と握手をしてはいけないといはれてゐるからです。リカは、くるりとまはつて、台所へいきました。
おくさんは女中をよんで、リカに駄賃をわたさせました。リカはそのお金をぼろッきれにつゝんで、長靴の中へおしこむと、やつと安心して、腰かけの上にからだをのばしながら、晩御飯の支度をしてゐる女中に話しかけました。
「なにを焼いてるの?」
「うなぎよ。」
「うふん、この家の人たちは、うなぎを食ふのかい。ふうん、おらが村のだんなは毎日鳩をくふよ。」
晩御飯がすむと、奥からピアノの音がひゞいて来ました。
リカは、それを聞きながら、うと/\となりかけましたが、急におき上つて、さけびました。
「あゝ、さうだつけ。馬のことをわすれてゐた。」
リカは靴をはいて、庭につないである馬のところへ、水をやりにいきました。
「ほうら。」
リカは、馬のしりをぴたんとうつと、水桶をどさんとおいて、空を見上げました。馬はうれしがつて、リカに鼻をすりつけながら、ひくゝなきました。
「あまつたれるない。」
リカは、馬の首をぴた/\たゝきつゞけました。
あくる日、リカは夜あけまへに門を出ました。
コーリヤはむろん、まだ、あたゝかい床の中でねむつてゐました。家中の窓はみんなしまつてゐました。
リカは、コーリヤや、ボーリヤや、あの音楽をやるふしぎな器械のことなどを思ひ出しながら、力一ぱい、ぴしんとむちをならしました。
「さあ、いけ。」
そりは、とぶやうにはしり出しました。鈴の音が、ほのぐらい静かな空にいつまでも/\ひゞきました。
底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第八巻」文泉堂書店
1975(昭和50)年9月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
1932(昭和7)年1月〜2月
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2007年11月20日作成
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