く気が遠くなりかけた少年は、ぱっとはね起きると、まっしぐらにかけだした。どこを、どう走《はし》ったか、自分でもわからないが、やがて、だれだか知らない人の門《もん》のすきからもぐりこんで、そこにつんであったまきのかげに、そっとしゃがんだ。
「ここなら、だいじょうぶだ。暗《くら》いからなあ。」と、少年は考えた。
 しゃがんで、からだをちぢめながら、おそろしさに息《いき》をころしていたが、やがて、なんともいえないほど、いい気持になってきた。手も足も、ずきずきいたまなくなって、まるでストーブにあたっているように、ぽかぽかとても暖《あたた》かくなった。
 とつぜん少年は、ぶるっと身ぶるいをした。ああ、うとうとねむりかけていたのだ。ほんとに、このまま寝《ね》てしまったら、さぞいい気持だろうなあ。
「もうすこし、ここにしゃがんでいて、あとでまた、あの人形を見に行こう。」と、少年は考えて、にっこりした。
「ほんとに生きてるみたいだったなあ。……」
 するとふいに、頭の上で、おかあさんがねんねこ歌《うた》を、うたっているのが聞えだした。
「ママ、ぼく寝ているの。ああ、ここで寝てると、とてもいい気持だよ。」と、少年はつぶやいた。
「わたしのクリスマス・ツリーのところへ行こうよ、ねえ坊《ぼう》や。」と、頭の上で、静《しず》かな声がささやいた。
 少年は、それもやっぱり、おかあさんの声かと思ったけれど、どうもちがう。おかあさんではない。いったい、だれが呼《よ》んだのか、それは、少年にはわからなかった。けれど、だれかが上のほうからかがみこんで、暗《くら》やみの中で、そっと少年をだきあげた。少年もその人のほうへ、手をさしのべた。すると……
 すると、とつぜん、ああ、なんという明かるいことだろう。ああ、なんというクリスマス・ツリーだろう。いや、これはもう、クリスマス・ツリーどころじゃない。こんなりっぱな木は、見たこともなければ、聞いたこともない。いったい今、どこにいるのだろう。あたりは、いちめん、きらきらと光りかがやいて、ぐるりはみんな、人形《にんぎょう》ばかりだ。いや、ちがう。それはみんな、男の子や女の子で、ただそのからだが、すきとおるように明かるいだけなのだ。そしてみんな、少年のまわりをぐるぐるまわったり、ふわふわとんだりしながら、キスしたり、だいたり、かかえあげたりするのだ。そのうちに、自分までが、いつのまにかふわりふわりとんでいる。ふと見ると、おかあさんがこっちを見ながら、さもうれしそうに笑《わら》っている。
「ママ、ママ。ああなんていいとこだろう、ここは。」と、少年は声をはりあげて、また子どもたちとキスをする。早くこの子たちに、あのガラス窓《まど》の中の人形のことを、話してやりたくってたまらない。「きみたちは、どこの子なの。あんたは、どこの子なの。」と、すっかり
にこにこしながら、少年はたずねる。
「これは、エスさまのクリスマス・ツリーなのよ。」と、子どもたちは答える。「エスさまのところにはね、この日には、いつもきまって、クリスマス・ツリーがあるのよ。それは、あすこで自分のクリスマス、ツリーのない小さな子どもたちのために、立ててあるのさ。」
 だんだん聞いてみると、その男の子や女の子は、みんな自分と同じような身のうえの子どもばかりだった。中には、どこかの役人《やくにん》のうちの入口のところに、かごに入れたまま捨《す》て子にされて、こごえ死《し》んだのもいるし、乳母《うば》にそえ乳《ぢ》をされながら、息《いき》がつまって死んだ子もいる。大|飢饉《ききん》のときに、乳《ちち》の出なくなったおかあさんの乳首《ちくび》を、くわえたまま死んだ子もいるし、ぎっしりつまった三|等車《とうしゃ》の人いきれの中で、のどがつまって死んだ子もいる。それが今、残《のこ》らずここに集まって、みんな天使《てんし》のように、エスさまのところで遊《あそ》んでいる。そのエスさまは、どうかというと、みんなのまんなかで、両手《りょうて》をさしのべながら、子どもたちを祝福《しゅくふく》したり、罪《つみ》に泣《な》くおかあさんたちを祝福したりしていらっしゃる。……おかあさんたちも、ひとり残《のこ》らずその横手《よこて》に立っていて、さめざめと涙《なみだ》を流しながら、めいめい自分のむす子や娘《むすめ》を、目でさぐりあてる。すると子どもたちは、すぐそのそばへとんで行って、キスしたり、小さな手で涙をふいてあげたりしながら、自分たちはここでこんなにしあわせにしているのだから、どうぞ泣かないでくださいと、なだめている。……
 ところが、下界《げかい》では、そのあくる朝、まきのうしろへもぐりこんで、そのままこごえ死《し》んでいる少年の小さな死がいを、門番《もんばん》の人が見つけた。おかあさんをさが
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