トやる。つまり、おまえが彼らの位置を高めるために、彼らに誇りを教えこんだからだ。そこでわれわれは彼らに向かって、おまえたちはいくじなしで、ほんの哀れな子供のようなものだ、そして子供の幸福ほど甘いものはないと言い聞かせてやる。すると、彼らは臆病になって、まるで巣についた牝鶏《めんどり》に雛《ひな》が寄り添うように、恐ろしさに震えながら、われわれのほうへ身をすり寄せて、われわれを振り仰ぐに違いない。彼らはわれわれのほうへ詰め寄りながらも、同時にわれわれを崇《あが》め恐れて、荒れさわぐ数億の羊の群れを鎮撫《ちんぶ》することのできる偉大な力と知恵とを持ったわれわれを、誇りとするに至るだろう。彼らはわれわれの怒りを見て、哀れにも震えおののいて、その心は臆《おく》し、その眼は女や子供のように涙もろくなるだろう。しかし、われわれがちょっと合い図さえすれば、たちまち身も軽々と、歓楽や、笑いや、幸福の子供らしい歌へ移るのだ。むろん、われわれは彼らに労働を強いるけれど、暇なときには彼らのために子供らしい歌と合唱と、罪のない踊りの生活を授けてやる。ちょうど子供のために遊戯を催してやるようなものだ。もちろん、
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