驍フだ。恐ろしい、おお、恐ろしい!」
「キリスト様であったなら、なにも恐ろしいことはありますまいに?」
「だって、つかんで連れて行かれるので」
「生きたままでございますか?」
「霊魂とイリヤの光栄の中じゃ! 聞いたことがないのか? かかえて連れて行かれるのじゃ」
オブドルスクの僧は、この会話ののち、同宿の者の一人いる指定された庵室へ帰って来た。彼はひどく懐疑の念をさえ寄せていたが、それでもゾシマよりはもちろん、フェラポントのほうに、より多く彼の心は親しみを感じていた。オブドルスクの僧は何にもまして、精進に重きをおく人であったから、フェラポントのような偉大なる苦行者が、『奇跡を見る』のもけっして怪しむに足りないと考えていた。もとより、彼のことばはばかげたもののように見られぬでもなかったが、その中にいかなる意味が含まれているかは知るよしもなかった。それにまた信心気ちがいというものは、まだまだこれどころではない妙なことを言ったり、変なことをしたりするものである。戸のすき間に尻尾をしめつけられた悪魔のことは、ただ単に譬喩《ひゆ》としてばかりでなく、直接の意味においても、心から喜んで信じたいよ
前へ
次へ
全844ページ中491ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング