、巧みに処理することができて、しかも、それだけが身上かと思われるようなたぐいの人間であった。たとえばフョードル・パーヴロヴィッチはほとんど無一物で世間へ出て、地主といってもきわめてささやかなものなので、よその家へ行って食事をしたり、居候に転がりこむことばかり狙っていたが、死んだ時には現金で十万ルーブルものこしていたことがわかった。それだのに、彼は依然として、一生涯を、郡内きっての最もわからずやの狂気じみた男の一人として押し通してしまったのである。くり返していうが、けっしてばかであったというわけではない。かえって、こういう狂気じみた人間の大多数は、かなり利口で狡猾《こうかつ》である、――つまり、わけがわからないのである。しかも、そこにはなんとなく独特な国民的なところさえうかがわれる。
彼は結婚して、三人の子を挙《あ》げた。――長男のドミトリイは先妻、次の二人、すなわちイワンとアレクセイとは後妻の腹から生まれた。フョードルの先妻は、やはりこの郡の地主でミウーソフという、かなり裕福で名門の貴族の出であった。持参金つきで、おまけに美しく、そのうえてきぱきした聡明《そうめい》な娘――こういったたぐいの娘は現代のわが国ではいっこうめずらしくないが、そろそろ前世紀においても、現われかかっていた――が、あんな取るにも足らない『やくざ者』――そのころ、誰もがこう呼んでいた――とどうして結婚することができたのか、それについてはあまり詳しく説明しないことにする。自分はまだ前世紀の『ロマンチックな』時代に生まれた一人の娘を知っていた。この娘は何年かのあいだ、一人の紳士に謎めいた恋をしていたが、この相手と泰平無事にいつなんどきでも結婚することができるのに、結局どうにもならないような障害を勝手に考え出して、嵐の夜に、断崖のような高い岸から、かなりに深い激流に身を投じて死んでしまった。それというのも全く自分の気まぐれによることで、ひたすらシェークスピアのオフェリヤにあやかりたいためであった。それで、もし彼女がずっと以前から目をつけて、惚《ほ》れこんでいたこの断崖が、それほど絵のように美しくなくて、その代わりに平凡な低い岸ででもあったならば、おそらく、こんな自殺などというさたは全く起こらなかったであろう。これはまぎれもない実話であるが、最近二百年なり三百年のあいだに、このような、ないしはこれと類を同じゅうする事件は、わがロシアの生活において、少なからず起こったものと考えなければならぬ。
これ同様にアデライーダ・ミウーソフの行動は、疑いもなく他人の思想の反映であり、囚われた思想に刺激されたものであった。ことによると、彼女は女性の独立を宣言し、社会の約束や、親戚家族の圧制に反抗して進みたかったのかもしれない。また、御丁寧にも空想のおかげで、彼女は、フョードル・パーヴロヴィッチが居候の身分でこそあれ、向上の途上にある過度期における、最も勇敢にして最も皮肉な人間の一人であると、たとい一瞬間だけにもせよ、思いこんでしまったのであろう。その実、相手は性根のよくない道化者にすぎなかった。なおそのうえに痛快なのは、駆け落ちという非常手段を取ったことで、これがまた、すっかりアデライーダ・イワーノヴナの心を引きつけてしまったのである。フョードル・パーヴロヴィッチにしてみれば、自分の社会的地位からいって、このくらいのきわどい芸当はこちらから進んでやりたいくらいであった。というのは、手段などは問題でなく、ただただ出世のいとぐちを見つけたい一心だったからである。名門に取り入って、持参金をせしめるということは、きわめて誘惑的なことであった。相互の愛情などというものに至っては、女のほうはもとより、男のほうにも、アデライーダ・イワーノヴナの美貌《びぼう》をもってしても、なお全然なかったようである。かようなわけで、ほんのちょっとでも向こうが色気を見せると、相手がどんな女であろうとも、すぐにしつこくつきまとわずにはおかない淫蕩《いんとう》このうえもない男で一生を通したフョードル・パーヴロヴィッチにとっては、これこそ一世一代の、おそらく唯一の偶然なことであったろう。それにしても、この女ばかりは情欲の点からいって、彼になんらの特別な感銘を与えなかったのである。
アデライーダ・イワーノヴナは駆け落ちの直後に、自分が良人《おっと》を軽蔑《けいべつ》しているのみで、それ以上にはなんの感情ももっていないことをたちどころに悟ってしまった。かくのごとくして、結婚の結末は非常な速さをもって暴露された。実家側がむしろ、かなり早めにこの事件にあきらめをつけて、家出をした娘に持参金を分けてやったのにもかかわらず、夫婦のあいだにはきわめて乱脈な生活と、絶え間のないいざこざが始まった。これは今なお世間に知られている
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