ワン・フョードロヴィッチは薄笑いをした。
「なぜかといえば、あなたはどうやら自分の霊魂の不滅も、そればかりか自分で教会や教会問題について書かれたことも、信じておられぬらしいからじゃ」
「あるいは仰せのとおりかもしれません!……しかしそれでも、僕はまるきりふざけたわけではないのです……」と、イワン・フョードロヴィッチは不意に奇妙な調子で白状したが、その顔はさっと赤くなった。
「まるきりふざけたのではない、それは本当じゃ。この思想はまだあなたの心の内で決しられていないで、あなたの心を悩ましておるのじゃ。しかし、悩める者は、時には絶望のあまり、おのれの絶望を慰みとすることがある。あなたも今のところ、絶望のあまりに雑誌へ論文を載せたり、社交界で議論をしたりして慰んでおられる。しかも自分で自分の議論が信ぜられず、胸の痛みを感じながら、心の中でその議論を冷笑しておられるのじゃ……。実際あなたの心の中でこの問題は決しておらぬ。ここにあなたの大きな悲しみがある。なぜといえば、それが執拗に解決を強要するからじゃ……」
「これが僕の心中で解決されることがありましょうか? 肯定的に解決されることが?」依然としてえたいの知れぬ薄笑いを浮かべたまま、長老の顔を見つめながら、イワン・フョードロヴィッチは奇妙な質問を続けるのであった。
「もし肯定の方へ解決することができなければ、否定のほうへもけっして解決せられる時はない――こういうあなたの心の特性は、御自身でも承知しておられるじゃろう。これが、あなたの心の苦しみなのじゃ。しかしこういう苦しみを苦しむことのできる、高遠なる心をお授けくだされた創世主に感謝せられるがよい。『高きものに思いをめぐらし高きものを求めよ、なんとなればわれらのすみかは天国にあればなり』願わくば神の御恵みをもって、まだこの世におられるうちに、この解決があなたの心を訪れますように、そしてあなたの歩まれる道が神によって祝福せられますように!」
長老は手を上げて。その場からイワン・フョードロヴィッチに向かって十字を切ってやろうとした。しかしこちらは突然、椅子を立って長老に近寄り、その祝福を受けて、手を接吻すると、無言のまま自分の席へ戻った。彼の顔つきはしっかりしていてきまじめだった。このふるまいと、それに前述のイワン・フョードロヴィッチとしては思いもかけない長老との会話は、その謎のような点と、それにまた厳粛な点において一同を驚かした。人々は一瞬、声をひそめた。アリョーシャの顔にはほとんどおびえたような表情が浮かんだほどである。しかし、突然ミウーソフがひょいと肩をすくめると、それと同時にフョードル・パーヴロヴィッチは椅子から飛び上がった。
「神のごとく神聖な長老様!」こう彼はイワン・フョードロヴィッチを指しながら叫んだ。「これはわたくしの息子で、わたくしの肉から出た肉、わたくしの最愛なる肉でございます! これはわたくしの、いわば最も尊敬すべきカルル・モールでございまして、こちらの――たった今はいってまいりました息子のドミトリイ・フョードロヴィッチ、つまり、こうしておさばきをお願いすることになりました当の相手でございますが――これは最も尊敬すべからざるフランツ・モールでございます――どちらもシルレルの『群盗』の中の人物でございますが――ところで、わたくしはさしずめ Regierender Graf von Moor の役回りでございます! どうか御判断のうえ、お助けを願います! あなた様のお祈りばかりでなく、御予言までお聞かせ願いたいのでございます」
「そのような気ちがいじみた物の言い方をなされぬがよい。また自分の家族をはずかしめるようなことばで、口をきるものではありませんじゃ」と長老は弱々しい疲れきった声で答えた。明らかに彼は、疲労が加わるにつれて、だんだん目に見えて気力を失っていった。
「愚にもつかない茶番です。それは僕がこちらへまいる道すがら、もう感づいていたことです!」と、ドミトリイ・フョードロヴィッチは憤懣《ふんまん》のあまり、そう叫ぶと、同じく席を飛び上がった。「お許しください、長老様!」と、彼はゾシマのほうへふり向いて「僕は無教育な男ですから、何と言ってあなたをお呼び申したらいいかさえ知らないくらいですが、あなたはだまされていらっしゃるのです。わたくしどもにここへ集まることをお許しくだすったのは、あんまりお心が優しすぎたのです。親爺《おやじ》に必要なのは不体裁なばか騒ぎだけなんです。何のためか――それは親爺の方寸にあることです。親爺にはいつも自己流の打算があるのですから。しかし今になって、どうやらその目的が僕にわかってきたようです……」
「みんなが、みんながわたくし一人を悪しざまに申します!」と今度はフョードル・パーヴロヴィッチの
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