、だ、じゃ行けよ……」
イワンは不意に身をかわすと、もうふり返ろうともせずに、思う方をさしてずんずん歩き出した。それはちょうど昨日兄ドミトリイが、アリョーシャのそばを離れて行った時の様子に似てはいたが、その性質においては全く趣を異にしていた。この奇妙な印象は、ちょうどそのとき、憂いに閉ざされたアリョーシャの頭を、矢のようにかすめ過ぎたのであった。彼は兄の後ろ姿を見送りながら、しばしのあいだ、たたずんでいた。ふっと、イワンが妙にふらふらしながら歩いて行くのに気がついた。それに、後ろから見ると右肩が左肩より少し下がっている。こんなことは、これまでについぞ見たことのないことである。が、彼もくるりと身を転ずると、ほとんど駆け出さんばかりにして、修道院を指して急いで行った。すでにあたりは、急にたそがれて、無気味に思われるくらいであった。自分にもはっきりと説明することのできない、何かしら新しいあるものが、彼の心のうちにわきあがっていた。彼が庵室の森へはいった時、また昨日のように風が吹き起こって、松の老い木がものすごく、彼の身のまわりに、ざわめきだした。彼はほとんど走らないばかりであった。
『Pater Seraphicus――兄さんはこんな名まえをどこから、……』こんな考えがアリョーシャの頭に浮かんできた、『イワン、イワン兄さん、可哀《かわい》そうに、今度はいつ会えることだろう?……ああ、もう庵室だ! そうだ、そうだ、ここに Pater Seraphicus がいらっしゃるのだ。この人が僕を……悪魔から永久に救ってくださるのだ!』
その後、彼は生涯のあいだにいくたびか、この時のことを思い出して、イワンに別れを告げたとき、どうして急に――午前中、ほんの数時間前にはどんなことがあっても捜し出さなければならぬ、それを果たさぬうちは、たとい今夜じゅう修道院へ帰れなくとも、断じて中途で引き返したりなどはしないとまで決心していた兄のドミトリイのことを忘れはててしまったのかと、少なからぬ疑惑に包まれるのであった。
六 いまださほどに明らかならず
イワン・フョードロヴィッチはアリョーシャに別れると、フョードロ・パーヴロヴィッチの家へと帰途についた。不思議なことに、急に耐えがたい憂愁が彼を襲ってきたのである。しかも、何よりも不思議なのは、一歩一歩家に近づくにつれて、それがしだいに
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