サの日と時を知らず、神の子みずからも知らざるなり、ただ天にましますその父のみ知りたもう』と予言者もしるし、キリスト自身もまだ地上に生きているころこう言った時からだ。だが、しかし、人類は以前と同じ不変の信仰と不変の感激をもって彼の出現を待っている。おお、さらに大きな信仰をもって待っているのだ。なにしろ人間が天国からの証《あか》しを見なくなってから、もう十五世紀もたっているんだよ。

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信ぜよ胸のささやきを
天よりの証《あか》し今はなければ、
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 胸のささやきを信ずるよりほかないわけだよ! もっともその当時にも、多くの奇跡があったのは事実だ。奇跡的な治療を行なった聖者もあったし、その伝記によれば、聖母の訪れを受けたような人々もあった。しかし、悪魔も居眠りをしてはいなかったから、これらの奇跡の真実さを疑う者が、人類の中に現われだしたのだ。ちょうどそのころ、北方ゲルマニヤに恐ろしい邪教が現われた。『燃火《ともしび》のごとき』(つまり教会のごときだ)大いなる星が『水の源泉《みなもと》に落ちて水は苦くなりぬ』だ。これらの邪気が不敵にも奇跡を否定し始めたのだ。しかし、信仰に残った人々は、さらに熱烈に信じ続けて行った。人類の涙が天国のキリストのもとまで昇って行って、依然として彼を待ち彼を愛《いつく》しみ、相も変わらず彼に望みをつないで、神のためには苦しみかつ死ぬべくあこがれていたのだ、……こうして幾世紀も、幾世紀も人類が信仰と熱情をもって、『おお、主なる神よ、とくわれらに現われたまえ』と祈念したため、広大無辺の慈悲をもたれたキリストは、ついに祈れる人々のところへ天降《あまくだ》ってやろう、という御心になったのだ。その前にも彼は天国を降《くだ》って、まだこの地上に生きている義人や、殉教者や、気高い隠者たちを訪れたということは、それらの人たちの伝記にも見えている。わが国でも、自分の言いぐさの真実を深く信じきっていたチュッチェフがこんな風に歌っている。

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十字架の重荷に悩まされ、
奴隷《しもべ》のすがたに身をやつし、ああ、生みの地よ、
主キリストは、汝が土のいやはてまでも、
祝福《みめぐみ》をたれたまいつつ、ゆかせたまいぬ
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 それは実際そのとおりだったに違いない、全くだ。そこで、キリストは
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