閧ツけた。「おや、気絶した! 早く水とタオルだ! 早くしろ、スメルジャコフ!」
スメルジャコフが水を取りに駆け出した。やがて老人は着物を脱がされ、寝室へ運ばれて、寝台に寝かされた。濡《ぬ》れ手ぬぐいが頭に巻かれた。コニャクの酔いと、激情と、身に受けた打撲《だぼく》のために衰弱しきった彼は、頭を枕につけるが早いか、すぐに眼をつむって前後不覚になってしまった。イワン・フョードロヴィッチとアリョーシャは広間へ戻った。スメルジャコフはこわれた花びんの破片を取りかたづけていたが、グリゴリイは陰気に眼を伏せて、じっとテーブルのそばにたたずんでいた。
「おまえも頭を冷やしたらどうだい、そして寝床へはいって寝たほうがいいよ」と、アリョーシャはグリゴリイに向かって言った。「僕たちがここにいて、お父さんは看《み》ているからさ、兄さんがずいぶんひどくおまえを打ったからなあ……それも頭を」
「あの人はわしに、道にはずれた仕打ちをなさっただよ!」と、グリゴリイは一言一言を区切るように、ふさいだ調子で言った。
「兄貴はおまえどころじゃない、親爺にさえ『道にはずれた仕打ち』をしたよ!」と、イワン・フョードロヴィッチは口をゆがめながら言った。
「わしはあの人に行水まで使わしてあげただに……わしに道ならぬ仕打ちをしただよ!」とグリゴリイはくり返した。
「勝手なことを言ってろ、おれがもし兄貴を引き放さなかったものなら、ほんとに殺してしまったかもしれないぜ、あんなイソップ爺《じじい》に手間暇がかかるもんか!」とイワン・フョードロヴィッチがアリョーシャにささやいた。
「えい、とんでもないことを!」とアリョーシャが叫んだ。
「何がとんでもないんだ?」と、やはり小声で、イワンはいまいましそうに顔をゆがめながらささやいた。
「毒蛇が毒蛇を呑《の》むまでのことさ、結局、両方ともそこへ落ちて行くんだよ!」
アリョーシャはぎくりとした。
「だが、もちろんおれは人殺しなんかさせやしないよ。今だってさせなかったようにさ。アリョーシャ、おまえここにおってくれ、おれは庭を少し散歩して来るからな、なんだか頭が痛くなってきたんだ」
アリョーシャは父の寝室へはいって、枕もとの衝立《ついたて》の陰に一時間ばかり坐っていた。と、不意に老人が眼を見開いて、長いこと無言のまま、じっとアリョーシャを見つめていた。それは何か思い出そうと
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