パンを一切れにクワスを一杯飲んだだけであった。「僕はこの熱いコーヒーをいただきましょう」
「可愛いやつ! 感心感心! こいつはコーヒーを飲むっていうぜ。温めなくていいかな? いや、まだ煮え立っておるわい。すばらしいコーヒーだて、スメルジャコフのお手ぎわだよ。この男はコーヒーと魚饅頭にかけては名人だ。あ、それからまだ魚汁《ウハー》にかけてもな。ほんとにいつか、魚汁を食いに来んか。そのときは前もって知らせるんだぞ……いや待て待て、さっき、わしは今日さっそく蒲団と枕を持って帰って来いとおまえに言いつけたが、ほんとに蒲団をかついで来たかよ? へ、へ、へ!」
「いいえ、持って来ませんよ」アリョーシャも薄笑いをした。
「な、びっくりしたろ、さっきはほんとにびっくりしたろ? なあこれ、坊主、わしがおまえを侮辱するなんてことはとてもできるこっちゃないわい。でな、イワン、わしはこれがこんな風にわしの顔を見て笑うと、どうも平気で見ちゃいられないわい、いや、こたえられないて。つい誘われてにっこりしてしまうのだよ、可愛くてな! アリョーシカ、さあひとつわしが父としての祝福を授けてやろう」
アリョーシャは立ち上がった。しかしフョードル・パーヴロヴィッチはもうそのあいだにも気持を変えていた。
「いや、いや、今はただ十字を切ってやるだけにしとこう、さあこれでよしと。掛けな。ところで、おまえの喜びそうな話があるのだよ。しかもおまえの畑なんだぜ。腹の皮をよるこったろうて。うちのヴァラームの驢馬《ろば》がしゃべりだしたのさ。そのまた話のうまいことといったら!」
ヴァラームの驢馬とは、下男のスメルジャコフのことであった。彼はまだやっと二十四、五歳の若者であった。が恐ろしく人づきの悪い黙り者であった。それも内気な、はにかみやというわけではなくて、反対に彼は傲慢《ごうまん》な性質で、人をすべて軽蔑しているようなところがあった。それはさて、ここで、この男のことをたとえひと言でも述べておかなければならない。しかもちょうど今でなくてはならないのである。彼はマルファ・イグナーチエヴナとグリゴリイ・ワシーリエヴィッチの手で育てられたが、グリゴリイの言いぐさではないが、『まるで恩知らず』に成長して、野育ちの子供らしく隅《すみ》っこから世間をうかがうようにしていた。小さいころに彼は、猫を絞め殺して、あとで葬式のまねを
前へ
次へ
全422ページ中178ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング