なんだってあいつをあんな目に合わせるんだ?」そう言って、フョードル・パーヴロヴィッチは体を起こしたが、馬車はもう動き出していた。イワンは何の答えもしなかった。
「そうれ、見ろやい!」と、二分ばかり黙っていてから、息子に流し目をくれながら、フョードル・パーヴロヴィッチがまた言った。「おまえは自分でこの修道院の会合をもくろんで、自分で煽《あお》り立てて賛成しておきながら、いまさら何をそんなにぷりぷりしているんだい?」
「もうばかなことをしゃべるのはたくさんです、せめて今のうちでも休んだらどうです」とイワン・フョードロヴィッチは容赦なくきめつけた。
フョードル・パーヴロヴィッチはまた二分間ばかり黙りこんでいた。
「今コニャクを飲んだらいいんだがなあ」と彼はしかつめらしく言った。が、イワン・フョードロヴィッチは返事をしなかった。
「帰ったらおまえも一杯やるさ」
イワン・フョードロヴィッチはやはり黙っていた。
フョードル・パーヴロヴィッチはまた二分ばかり待ってから、
「だがアリョーシカはなんと言っても寺から引き戻すよ、おまえさんにはさぞおもしろくないことだろうがね、最も尊敬すべきカルル・フォン・モールさん」
イワン・フョードロヴィッチは小ばかにしたようにひょいと肩をすくめると、外方を向いて、街道を眺めにかかった。それからずっと、家へ帰るまでことばをかわさなかった。
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第三篇 淫蕩《いんとう》な人たち
一 従僕の部屋にて
フョードル・パーヴロヴィッチ・カラマゾフの家は町の中心からかなり隔たってはいたが、そうかといって、まるっきり町はずれというわけでもなかった。それはきわめて古い家ではあったが、外観はなかなか気持がよかった。鼠色に塗りあげた、中二階つきの平家建てで、赤い鉄板の屋根がついていた。まだかなり長く保《も》ちそうで、手広く居心地よくできていた。いろんな物置きだの納戸だの、思いもかけない階段だのがたくさんあった。鼠もかなりいたが、フョードル・パーヴロヴィッチはたいしてそれには腹を立てなかった。『まあ何にしても、夜分ひとりのときさびしくなくっていいわい』実際、彼は夜分は召し使いを傍屋《はなれ》へ下げて、一晩じゅう母屋《おもや》にただひとり閉じこもるのが習慣であった。その傍屋《はなれ》は邸内に立っていて、広々とした頑丈な造りであったから、
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